『マッチ売りの少女マヤ』 by とわ ![]() ──大晦日。 横浜港の沿岸にはたくさんの船が集まり、 船の小窓からは、いくつものあたたかな光が零れています。 船はもうすぐ一斉に汽笛を鳴らし始め、新しい年を迎えようとしています。 港には、そんなゆく年くる年の光景を一目見ようと集まった、 大勢の家族やカップルや友達同士たちで賑わっていました。 降り続ける雪は、港のアスファルトを真っ白に覆いつくしていましたが、 人々は寒さを忘れ、新年を迎える喜びに満ちて、身を寄せ合っていました。 そんな中、ひとりの少女がマッチを売って歩いていました。 雪が降る真冬の寒空の下、少女の服はみすぼらしい薄着で、 少女の豊かな黒髪には、白い雪が点々と降り掛かっています。 「マッチはいりませんか? マッチを買ってください!」 大きなポケットにマッチが入った白いフリルのエプロンを着けた少女は、 片手にマッチの箱を翳して呼び掛けますが、誰も皆、港の夜景を目指します。 少女を振り返る人はいませんでしたし、その上、人通りもなくなってきました。 「…誰もマッチを買ってくれないわ。ちょっと場所を変えてみようかしら」 とぼとぼと少女が歩き始めた時です。 黒塗りの高級車が勢いよく少女の目の前を走り抜けていきました。 「わっ!」 車を避けた少女は転んでしまい、ぶかぶかだった靴の片方が脱げて、 海に落としてしまいました。 靴の脱げた素足に触れる雪の冷たさに、少女は小さな体を縮めました。 「ああ、寒い。このままでは、寒くて凍え死んでしまうわ…」 少女は売り物のマッチの箱からマッチを1本取り出すと、 寒さに震える指先で擦り、とうとう火を点けてしまいました。 すると、どうでしょう! なんのとりえもないこの小さな少女の胸に、 一羽の情熱の火の鳥が目を覚ましたのです。 そしてそれは目を覚ましただけではなく、 少女の胸の中で大きく羽ばたき始めたのです。 翳した少女の手の中でマッチの炎が燃え上がると、 暖かい火が爆ぜる大きな鉄のストーブが、 炎の中に浮かび上がって見えました。 「あったか〜い! ああ、ストーブが燃えていたのね!」 少女はそう言うと、寒さに縮こまっていた身体をゆったりと伸ばし、 気品に満ちた王女のようなやさしい微笑みを浮かべました。 「冬将軍の治める時も、わたしはこの瞳に春の日差しを持とう。 春の女神よ、わたしはあなたの娘」 まるで本当に少女のすぐ近くに大きな鉄のストーブがあって、 春の暖かさが漂っているかのようです。 少女の前を通り掛かった人がいたのなら、思わず立ち止まって、 ストーブを探してしまったかもしれません。 「…あ…」 マッチの火が消えてしまいました。 春の日差しをもたらしていたストーブも消え、 少女の周りには闇が戻り、雪が降り続けていました。 少女はもう1本、マッチを取り出して擦りました。 すると今度は、湯気を立てたおいしそうなラーメンが、 炎の中に浮かび上がって見えました。 「ああ、おいしそう! いっただっきまーす!」 少女は立ったまま丼を両手に持つと、熱々のスープを啜りました。 「ふーっ! あったまるわぁ!」 そして箸を上下させ、ふーっ、ふーっと息を吹き掛けながら、 ズルズル、ズルルル、と麺を口に運びます。 少女を見掛けた人がいたのなら、思わず立ち止まって、 近くにラーメンの屋台がないか、探してしまったかもしれません。 「…あ…」 マッチの火が消えてしまいました。 湯気を立てていたおいしそうなラーメンも消え、 少女の周りには再び闇が戻り、雪が降り続けていました。 少女はまた1本、マッチを取り出して擦りました。 すると今度は、それは見事に咲き誇る一本の紅梅の木が、 炎の中に浮かび上がって見えました。 「わぁ、ステキ! あたし、こんな梅の木になってみたい!」 少女は身体を梅の枝のようにしならせると、その場に立ち尽くしました。 なんと形容すればいいのでしょう。少女には人間の気配がありません。 まるで一本の梅の木そのものになりました。 少女の前に立ち止まった人がいたのなら、風に舞う花びらを、 梅の花の匂いを感じていたかもしれません。 「…あ…」 マッチの火が消えてしまいました。 見事に咲き誇り、香りを漂わせていた梅の木も消え、 少女の周りには再び闇が戻り、雪が降り続けていました。 少女はふと、雪の舞い降りる夜空を見上げました。 その時、夜空に一つの流れ星が落ちていきました。 少女は、少女のたった一人の肉親だった今は亡きお母さんが、 こんなことを言ったのを思い出しました。 ──流れ星が一つ天から落ちると、魂が一つ天へと帰るんだよ…。 少女がマッチをもう一本擦ると、今度は炎の中に、 大好きだったお母さんの姿が現れました。 「…母さん! お願い、あたしを連れてって…! 」 少女が死を覚悟して、気を失い掛けたその時です。 「こんなところで何をしているんだ!」 少女の前に、仕立てのいいコートを来た男が一人、立ち塞がりました。 少女が仰ぎ見たその人は、背が高く、整った顔立ちをしていて、 よく見るとまだ若い紳士のようでした。 「まったく無茶な子だ…! 顔も体もこんなに冷え切って…。 これ以上ここにいると死んでしまうぞ! このバカ娘、手もこんなに冷たいじゃないか…!」 若い紳士は少女の体を気遣って、少女の顔や手の体温を確かめると、 少女の片方の靴がないことに気が付きました。 「…靴はどうしたんだ?」 突然現れた若い紳士に叱られてびっくりしていた少女は、 何も取り繕うことなく正直に答えました。 「さっき黒塗りの大きな車が通った時、転んで脱げちゃって、 海に落っことしてしまったんです」 「それはすまないことをしたな」 少女の話を聞いた若い紳士は、そう言って謝りました。 「おれはその車に乗っていたんだ。運転手は気付かなかったようだが、 女の子の叫び声が聞こえた気がして…。戻ってよかった…」 若い紳士は仕立てのよいコートを脱ぐと、少女に羽織らせてあげました。 「とにかく靴がないんじゃ歩けないだろう。おぶってあげよう」 そして大きな背中を向けて、少女の前でしゃがみ込みました。 少女は戸惑いましたが、足が冷たかったので、 そのまま若い紳士の背中に、ひょいとおぶさりました。 おぶさった若い紳士の背中はとても大きくて温かく、 少女はなんだかとっても安心出来るような気がしました。 若い紳士が少女をおぶってしばらく歩くと、道路には先ほど少女が避けた、 黒塗りの高級車が停まっていました。 若い紳士は少女を背中から降ろし、少女の背中の雪を振り払ってやると、 後部座席のドアを開け、少女を奥に押し込みました。 そして自分も乗り込むと、車のドアの鍵を閉めました。 そこで少女ははっと気が付き、身の危険を感じて叫びました。 「鍵かけてあるのね! どこへ連れていくの! 人さらい! 誘拐犯!」 少女はドアのそこかしこをガチャガチャさせて、若い紳士にたてつきました。 「そう邪険にしなさんな。話があるんだ。靴を落としてしまった責任もあるし」 若い紳士はそう言いながら、くっくっくっ、と忍び笑いを洩らしました。 「…な、何がおかしいんですかっ!」 「いや、なに、さっきは倒れてしまうんじゃないかと心配したんだが、 大声を張り上げる元気があるようでよかったと思って…」 車は通り過ぎてしまったのに、若い紳士は車を降り、雪の中をわざわざ 戻ってきてくれたのです。きっとやさしい人に違いありません。 「…そうですね。あたし、もう死んじゃうかと思ってました。 お兄さんが声を掛けてくれなかったら、きっと、あのまま…」 少女は自分を助けてくれた人に、なんてことを言ってしまったのだろうと、 少し神妙な気持ちになって俯きました。 「大丈夫か? 寒くないか?」 「…はい…」 大きな車の中はエアコンが効いて暖かく、そして何より、 若い紳士の気遣いが、少女には温かく感じられました。 若い紳士は続けて運転手に声を掛けました。 「きみ、すまないが、温かい飲み物を買ってきてくれないか? この子には何か甘いものがいい。きみの分も好きなものを…」 「は、かしこまりました、社長」 そう答えると、運転手はドアを開け、車から出ていきました。 「…お兄さん、社長さん…なんですか?」 少女がびっくりした顔で若い紳士の横顔を見つめました。 「…ああ、そうだが?」 「ちょうどよかった! …それじゃあお金持ちなんでしょう? あの、社長さん、お願いです! …このマッチを買ってくれませんか?!」 少女がそう言うと、今度は若い紳士がびっくりした顔で少女を見つめました。 「…それは一体…どういう…?」 「あの、あたし、マッチを売らなきゃいけないんです! あの船の新年を祝う汽笛が鳴り終わるまでにこのマッチを全部売らないと、 『アンナ・カレーニナ』のお芝居が観られなくなっちゃうんです!」 「…『アンナ・カレーニナ』というと、今、都内の劇場で上演中の芝居か…?」 「そうです! …社長さん、知ってるの?! わぁ、うれしい!」 「…そんなことより、きみはそのお芝居を観るために…こんなことを?」 「はい! このマッチを全部売れば『アンナ・カレーニナ』の券をくれるって、 杉子さんと約束したんです。あたし、どうしてもそのお芝居が観たいんです!」 「それじゃあ、本当にそれだけのために、こんなことをやっているのか?」 「ええ!」 「なんてバカなことを!」 「…バカでもいいんです。あたし、仕事もお金もなくて…。 でも、このまま死んでしまうくらいなら、せめて一度くらい、 大好きなお芝居を観てから死にたいって思って…」 少女は真剣でした。仕事よりお金より、ただお芝居が観たいという一心でした。 「…では、『アンナ・カレーニナ』が観られるのなら、 きみはマッチを売らなくてもいいんだな?」 「…ええ。…そうです…けど…?」 「わかった。おれがきみに『アンナ・カレーニナ』の券をあげよう」 「…ほんと?」 「ああ、本当だとも。その代り、もうこんなことはやめるんだ」 「…じゃあ、このマッチは…?」 「マッチはいらないが、きみにもお金は必要だろう? おれが全部買い取ろう。いくらだ?」 「いいえ、お芝居が観られるなら、あたし、お金なんかいりません。 このマッチはせめてものお礼です。全部あげますから、受け取ってください」 少女は白いフリルのエプロンを外すと、そのまま若い紳士に差し出しました。 「…では、有難くもらっておくことにするよ…」 若い紳士はエプロンごとマッチを受け取ると、自分の膝に置きました。 コンコン、と運転席の窓をノックする音がしてドアを開き、 寒そうに身を縮めた運転手が外から帰って来ました。 「お待たせしました。こちらでよろしかったですか?」 運転手が若い紳士に3本の缶を差し出すと、 若い紳士はその手からコーヒーとおしるこを抜き取りました。 「ご苦労だった。それはきみに」 「は、ありがとうございます。戴きます」 運転手が前に向き直ると、若い紳士はおしるこの缶を少女に握らせました。 「どうぞ。あたたまるよ」 少女は若い紳士から大事そうに受け取ると、冷えていた両手を缶で温め、 それから缶を開けておしるこを飲みました。 「…おいしい! …あったかい…」 「それを飲んだら、とにかく家に帰りなさい。家まで送ってあげよう。 お家の人とも話がしたい。きみの家はどこだ?」 若い紳士が問うと、少女は首を横に振りました。 「…家はありません。家族もいないんです…」 「…どういうことだ? よかったら、話を聞かせてくれないか…?」 若い紳士が親身に問うと、少女は身の上話を始めました。 少女はラーメン店で住み込みで働くお母さんとふたり暮らしでした。 ですが、お母さんが病気になり、親子で店を出ることになりました。 少女はお母さんと共に療養所へ行きましたが、やがてお母さんは亡くなり、 ひとりぼっちになった少女は、仕事を探して以前住んでいた店に戻りました。 けれど、店にはもう新しい人が雇われていたし、 店の人たちは不器用な少女の働きぶりをそれはよく知っていましたから、 無碍もなく断られてしまいました。 ただひとり、少女の芝居好きを知る店の娘の杉子さんは、少女を不憫に思い、 新年を迎える船の汽笛が鳴り終わるまでにこのマッチを全部売り切れたら、 『アンナ・カレーニナ』の券をくれると、そう約束してくれたというのです。 「…きみは、演技の勉強をしたことはあるのか?」 話を聞いた若い紳士が、少女に静かに問いました。 「いいえ、きちんと勉強をしたことはありません。 普段は公園でパントマイムをやったり、自分で演技の稽古をしていました。 それから、学校の体育館の倉庫を借りてひとり芝居をしたり、 母さんが療養所にいた時は、診療所や保育園でお芝居を見せたり…。 …でもあたし、ずっと本当の演劇をやりたいと思っていたんです…!」 少女は長い間、心の奥底に潜ませていた演劇への熱い思いを語りました。 すると若い紳士は、今までになく厳しい眼差しで少女を見据えました。 「きみが演劇をやりたいということは、趣味なのか? お芝居をしていると楽しくて、だからそのためにやりたいのか? 遊びなのか? 大人になったらどうするんだ?! 演劇をやめて働くのか?!」 「いいえ、あたし、…あたし女優になります! 女優になります!」 真剣な表情の若い紳士に畳み掛けるように問われた少女は、 大きな黒い瞳を目一杯見開いて、若い紳士に熱く叫んでいました。 「…よく言った。その一言を聞きたかった。その決心を忘れるな」 若い紳士はそう言うと、ゆったりと背凭れに体を預けました。 秘めていた情熱を思わず口にしてしまった少女も、 体からへなへなと力が抜けてゆき、崩れるように背凭れに体を預けました。 「…黒沼さんという演出家が、狼少女を演じる女優を探している」 「…狼少女?」 「さっきマッチの火を灯す中で、きみのパントマイムを見せてもらった。 …素晴らしかったよ。きみの演技に引き込まれて、釘付けになった。だから…」 「…だから?」 「きみなら出来ると感じた。どうだ、やってみないか? 狼少女…」 「…いいんですか? あたし、経歴とか何にもないんですけど…」 「主役が逃げ出してしまってね、出演者を一般募集しているんだ。 もちろん、オーディションは受けてもらわなくてはならないが…」 「ほんとですか?! …あたし、やります! 狼少女になります!」 少女はきらきらした熱い眼差しで若い紳士を見つめました。 「そのオーディションを受けるには、どうすればいいんですか?」 「そうだな、それにはまず…」 「まず?」 食い入るようにまっすぐ見つめる少女に、若い紳士はふっと微笑みました。 「家へおいで」 「…」 「きみさえよければ、家に来て、演技の勉強をしなさい。 きみを一人前の女優に育てよう。きみの部屋も提供しよう。 生活でも勉強でも、おれに出来る支援は惜しまない」 「〜〜〜あの、あの、あのっ」 「ん? なんだ?」 「……………ヘンなことはしませんよね?」 「はっはっはっはっ!! ああ、ちびちゃん相手にヘンなことはしないよ」 「〜〜〜あたし、ちびちゃんじゃありません!」 「…大人でもないだろう?」 「だったら!」 「…だったら…?」 「…あたしのこと、待っててください、社長さん…。 早く大人になりますから、待ってて…」 「…早く大人になって、どうするつもりだ?」 「…あの、あたし、今は何も持っていませんし、助けてくれたお礼も、 ご恩返しすることも出来ません。だから、早く大人になって、何かあなたに…」 「…そんなことは考えなくてもいい。だがもし、おれに礼がしたいと思うのなら、 『紅天女』を演じられる女優になるんだな」 「『紅天女』?」 「ああ、『紅天女』というのはだな…。いや、ちょっと待て。 その前に『社長さん』はやめてくれないか。…おれは、速水真澄だ」 「…速水さん…。あたし、北島マヤといいます」 「…マヤ…か…」 名乗り合うと、ふたりは初めて打ち解けた笑顔を交わしました。 「…マヤ。よかったら、『アンナ・カレーニナ』は一緒に観にいかないか?」 「…いいんですか、速水さん?! うれしい!! 約束ですよ?!」 「ああ、勿論だとも。おれは約束は守る男だ」 「…きみ。この子は連れて帰る。このまま家までやってくれ」 「は、かしこまりました、社長」 横浜港では、新年を迎える船の汽笛が一斉に鳴り始めましたが、 少女は気付くこともなく、少女を乗せた黒塗りの高級車は走り出しました。 そして港にいる人たちの中に、さっきまで凍えていたみすぼらしい少女が、 熱く生きる希望を見つけて去っていったと考える人は、誰一人いませんでした。 家も家族もお金もなく、生きる希望さえ失い掛けた少女が、若い紳士と一緒に 光り輝く未来へ羽ばたいていったと想像する人は、 誰一人いなかったのです。 *** *** *** ふたりの間に、いくつかの季節が巡りました。 若い紳士だった速水さんは、誰が見ても立派な紳士になっていましたし、 少女だったマヤは、『紅天女』を演じる立派な女優になっていました。 …相変わらず、誰が見ても少女のままのようでしたが、 黒い髪が艶やかな、白い肌が滑らかな、甘い吐息が秘めやかな、 速水さんだけが知る、美しい大人に成長していました。 「…それじゃあ速水さん、あの時あたしがマッチを売っていたのは、 …つまり…その…そんなことをするためだと…」 「………『マッチ売りの少女』をして、お金を稼ごうとしているのかと…」 「〜〜〜し・ま・せ・んっ!! そんなことっ!!」 「だってあの時きみは、白いひらひらのエプロンを着けて、 『社長さん、マッチを買ってください』って言ったんだぞ? …勘違いもするだろう。それに、お芝居が好きだって言うから、 きっと『マッチ売りの少女』を知っているのかと思ってだな…」 「〜〜〜知りませんでしたっ!!」 「威張ることではないだろう? おれの早とちりだったことは認めるが、 きみは女優なんだから、少しは演劇史くらい勉強しておきなさい」 「だったら速水さん、読ませてくださいよ、その戯曲集! あらすじを聞いただけで、どうやって勉強しろって言うんですか!」 「…いや、読んでしまって、『やりたい!』と言い出されても困るし…」 「なんで速水さんが困るんですか?」 「…いや、別に、困る…というわけではないんだが…」 「困らないんですね?」 「いや! ダメだ! 困る!」 「〜〜〜もう、読んじゃいます!!」 「あ、こら! マヤ! 返せっ!!」 ふたりの間を行ったり来たりしている本は、有名な脚本家の戯曲集でした。 タイトルの『マッチ売りの少女』は、アンデルセンの童話がモチーフです。 戦後の混乱期、少女の頃からマッチを売っていたという女と、 その家族の姿を描いた、1966年初演の不条理劇です。 女が少女の頃から「マッチを売っていた」という行為は、マッチを擦り、 その火が消えるまでの間だけ、スカートの中を覗かせる…というものでした。 「…だから、速水さん、『こんなことはやめろ』って言ってくれたんですね? …あたしが大人になるまで、ずっと待っててくれたし…」 マヤはソファに並んで座る速水さんの肩に、ちょこんと頭を凭れ掛けました。 速水さんは触れ合った腕をマヤの後ろから通して、マヤの肩を抱き寄せました。 「…そう言えば、あの時のマッチはどうしちゃったんですか?」 「…あれか。最近やっと使えるようになったんだ。正しい使い方でな…」 「あれ? 何か使ってましたっけ? …タバコ吸う時はライターだし…」 マヤは大きな黒い目をきょろきょろさせて考え込みました。 すると、ふいに速水さんがソファから立ち上がりました。 「…おいで」 ふわりと差し伸べられたその手を取って見上げると、 速水さんの顔はほんのり赤味が差していました。 速水さんはそのままマヤの手を引いてリビングを過ぎり、 広いベッドが置かれた、ふたりの寝室のドアを開けました。 「…ああ、これだったんですね…」 気が付いたマヤの顔にも、ほんのり赤味が差し込みました。 ベッド脇のサイドテーブルにはマッチと、 小さなグラスに入ったキャンドルが置いてありました。 速水さんがマッチを1本擦ってキャンドルに灯を点け、部屋の電気を消すと、 闇に包まれた部屋に小さな炎が揺らめきました。 ふたりは並んでベッドサイドに座ると、「…きれい…」とマヤが呟きました。 速水さんは小さな炎に見入って揺れる陰影を映しているその横顔を見つめます。 「…ああ、きれいだ…」 その呟きにふと視線を変えると、 マヤは揺らめく炎を瞳に宿した速水さんと目が合いました。 「…この火が消えても、ずっとあたしを見ていてくださいね…」 「…ああ、見ているよ。例えこのマッチが全部なくなっても…」 雪降る夜も、雨降る夜も、もちろん星降る夜も…。 ふたりはずっと一緒です。 おしまい☆彡 ![]() *あとがき* 童話をモチーフに…ということで『マッチ売りの少女』になぞって、 ガラかめにまつわるあれこれをパロパロにして盛り込んでみました。 それと、『もしも』。 もしも、マヤが月影先生と出会ってなくて、家出をしていなかったら…。 …それでもやっぱりいつか速水さんと出会って、こうして結ばれたらいいなぁ…。 な〜んてことを想像しながら綴ってみましたが、 あんなことやこんなことがあるからこそ、ガラかめなんですよね。 とにかく、企画初参加! も、楽しく綴らせて戴きました♪ もしも、まいこさまがお声掛けくださらなかったら、生まれなかった拙作ですが、 こうして皆さまにお届けすることが出来て、大変大変うれしいです☆ 最後までお付き合いくださいましてありがとうございました! とわ拝 ![]() ■おしながきへ戻る |