『マスミットとマヤンヌ』 ::: 1 ::: by はね吉 ![]() むかーしむかーしの、そのまたむかし。 あるところにエスケイ1世という王様がおりましたとさ。 その王様には優しいお后とエスケイ1世には珍しいくらいの美形の王子様がおりましたとさ。 王子様の名前はマスミット。小さい頃はやんちゃで素直なかわいい男の子でしたが あるとき優しいお后がポックリ亡くなってしまってからというもの マスミット王子は無邪気さをお母様といっしょに葬ってしまったかのように、 すっかり無口で冷たい印象の男の子になってしまいましたとさ。 それというのも、エスケイ1世がこれまた同じようにお后様といっしょに 自分の優しさや愛情というものをいっしょに葬ってしまうほどに嘆き悲しみ、 マスミット王子を立派な君主に育てなければならないと思うあまりに それはそれは厳しい王様に変貌してしまったから、なのでした。 そうして何年かたった、マスミット王子が17歳の誕生日を迎えた日、 エスケイ王が珍しく上気した顔でマスミット王子に宣言をしたのです。 「わしは、この姫を后に迎えることにした。 お前にとってはそう歳は離れておらぬが、お母様と呼ぶのじゃぞ」 そこにあらわれたのは、黒髪が腰まで届きながらも頭上に高く結い上げているような、 泣きぼくろと潤んだ瞳に唇が赤々とぬめっているような、 妖艶なんだか守りたくなるタイプなんだか、よくわからないような美しい女性でありました。 歳はおよそマスミットと5つも変わらないのかもしれません。 「ち・・・父上何を血迷われたのか・・・?」 それもそのはず。 エスケイ1世はそれから2週間を待たずに亡くなられてしまわれたのです。 そう、ご想像のとおり・・・それが原因かどうかまではここでは申しますまい。 しかも、その新しい后・・・シオリンドはご丁寧に 王位継承をマスミット王子が成人するまでは自分が、という遺言までとりつけていたのです。 期間限定ではあるけれど新女王となったシオリンド、 まずはマスミット王子の寝所の隣に自分の部屋を設えなおしましたとさ。 それからというもの、マスミット王子は夜な夜な悪夢に苛まれるようになりました。 汗びっしょりで飛び起きると、そこにシオリンド女王が立っており、 やおらがばっとマスミットを抱きしめます。 「ああ、マスミット王子や、可哀想に!! お母様を早くに亡くされて、母に甘えることもなく過ごしてきたのでしょう? そこにお父様まで亡くなって、さぞ不安に思われているのでしょう? それでそんな悪夢を見るのだわ。 さぁ、新しいお母様であるわたくしに存分に甘えて良いのですよ。 どう?お乳を吸ってもかまわないのよ、坊や」 そういう甘え方は母が存命中に十分した、アンタにそんなことをしたら違う意味になってしまう、と 心の中で思いっきりツッコミながら、マスミット王子は丁寧に辞退しました。 「お母様、毎晩心配をおかけして申し訳ありません。 少し夜風に吹かれ、気持ちを落ち着かせて参ります。 お母様はどうぞご寝所へお戻りくださいませ」 そしてマスミットが訪れるのは、城の庭園の東屋でした。 そこで夜風に吹かれていると、どこからともなく少女の声が聞こえてきましたとさ。 「ここに宙を舞います赤の玉、 光受けて輝く林檎の実にござい! そして続くは青の玉、 乙女が浴びる行水に照れて飛び出す水しぶき! 次に続くは緑色、 夕餉支度のカミさんの指から飛び出た豆粒でござい! そしてお次は白の玉。 今宵闇夜にあらわるる、ニッコリ優しいお月様! そして最後は金の玉、 大地を照らす太陽の、化身のようなマスミット様! 見事五つの玉が巡りましたら、どうぞこの道化にお手を拝借〜〜〜!」 マスミットは少女の手の中を5色の玉が巡って舞うのを見て、思わず手を叩いていたのです。 誰も見ていないと信じて練習をしていた少女は驚いてバランスを崩し、 一つ目を取り落とした途端、残る玉がコン、コン、コン、コン、と続けて4つ、 少女の頭を叩いて落ちてゆきました。 その様子を見ていたマスミット、たまらず大笑いをしてしまいましたとさ。 「んもう、なによっ!そんなに笑うことないじゃないのよぅ、一生懸命練習してるのにぃ!!」 「はは、ああ、すまない、盗み見たおれが悪いのにこんなに笑って失礼した。 ところでこんな夜更けに、お前みたいな女の子が何をしているんだ?」 「あたしは道化師見習いのマヤンヌっていいます。 見習いなんで、こうして誰も見ていない時間に練習しようと思って」 「見られるのが商売なのにどうして」 「誰かが見ていたらキンチョーしちゃって、まともに2個まわせないの・・・」 マスミットはそこでまた爆笑したのです 「だだだだだからっ!笑いすぎだっていうのっ!!しっつれいしちゃうっ」 「道化師なんだから、笑われたって構わないだろう?おれは十分、楽しませていただいてるよ」 「あ、あたしは、どっちかってと芸で人を楽しませたいのよ! みんなあたしを見てるだけでおかしいとは言ってくれて、 だから道化師にむいてると言われてるんだけど、それだけじゃ嫌なの!!」 「そうか・・・マヤンヌは頑張り屋さん、なんだね」 悪夢と女王の連夜の攻めのなか荒みきっていたマスミットの心が、 マヤンヌとの出会い、笑いのなかで解れたような気がしたのです。 マスミットはマヤンヌにほんのりと好意を感じ始め 優しい瞳で声をかけたのでした。 「毎晩、こうして練習しているのかい?」 「え・・・ええ、毎晩」 「おれも見に来てもいいかな」 「えええ?ひとりだから練習出来るのに〜!」 「ばかだな、一人くらい観客がいた方が、アガリ症を治すためにいいんだぞ」 マヤンヌは14歳、 実はこんな美しい少年が本当にこの世に存在するとは思えなかったのです。 ひょっとするとこの少年は人間ではなくて、 あたしを一人前の道化師に育てるためにやってきた、芸の精かも?! なんて思い込んでしまったのでした。 マスミットの纏っている、薄紫の夜着を見て 「むらさきの芸のひと」と心にそっと決めましたとさ。 「・・・じゃぁ・・・いいですけど・・・そんなに笑わないでくれます?」 「ふふ・・・ああ、努力するよ」 「って、もう十分肩がカクカク震えてますってば!なんでそんなに笑うのよぅ!」 しばらく、マスミット王子にとって楽しい夜が続きましたとさ。 楽しい夜といっても少年少女の朗らかな清い一時でございますので、どうぞご安心を。 そこで気に入らないのが、シオリンド女王でした。 シオリンドがこの王国にやってきたのは、もともとエスケイ1世が目当てではなく、 マスミットの后になることだったのでした。 しかしそれでは王位継承までかなりの時間を要するだろう・・・ということで まずは老人を骨抜きにし、自分の思いどうりに王位を譲るよう誑かし、 最後に命をかけて愛を誓わせて、そして・・・。 シオリンドにはもうひとつ、秘密がありました。 やっぱり魔女だったのです。 夢を操ったり、鏡に占ったり、毒林檎を作ったりできる魔女だったのです。 マスミットに毎夜悪夢を見させて、うなされて起きたところにすかさず慰めに入り、 そのうち青くて瑞々しい肉体に宿る若い欲望に火を着けようとたくらんでいたのでした。 なかなか思うように手に落ちないマスミット。 この、朴念仁!!と思いながらも、気が焦ります。 ある夜、とうとう最後の手段に出ようと決心したのでした・・・とさ。 マスミットはいつものようにベッドでうなされておりました。 見ると自分の夜具の腰あたりに何か異物がうごめいている・・・ 太股やへその下あたりに、多足類の虫が蠢くような気持ち悪さを感じて夜具の中を覗いてみると、 真っ暗な闇の中、自分の腰をがっちりつかんではなさないピカピカと光る目のような物がふたつ・・・ 真っ赤な唇からぺろりぺろりと覗く赤くて長い舌が・・・ まさに今、自分の大事なその部分に届こうとしているのを見て、 マスミットは大声を上げて飛び起きたのでした。 そしてやはり傍らには、継母である女王シオリンド。 今宵はなんと、何も身に纏う物がありませんでした。 「う、あ、お、お母様!!!」 「お母様は止めてください、マスミット。 お父様が亡くなられてしばらく、 恥ずかしながらわたくしのおんなが、疼いて仕方ないのです。 はしたないとは思いますが、もともとは他人のわたくしたち、 父の妻を娶ることとて誰に咎めることができましょう・・・ いえ、それはどうでもよいのです、どうかマスミット、わたくしを今宵一時慰めてちょうだい」 「何をおっしゃるのですかお母様!ぼくはまだ一度も女性を知らないのです。 そのぼくがお母様をお慰めする事など出来ましょうか!」 「ほほほ、男と女のことなどたやすいもの、わたくしに任せておけばよいのです。 そのうち初めてでも野生の男の欲望に火が着きますわ」 「ああ、なんてことを仰るのですかお母様は! ぼくはあなたを見損ないました!離してください!!」 むりやりのしかかり身体に跨り乳房や腰を押しつけてくる シオリンドを渾身の力で突き飛ばし、マスミットは庭に逃げ出ていきましたとさ。 マヤンヌが今夜も、5色の玉で稽古をしておりました。 あれいらい、毎晩のようにむらさきの芸のひとは出てきてくれる・・・ マヤンヌは一時はアガることなく上手に玉を繰ることが出来ていたのですが、 むらさきの芸のひとに見つめられている、と思うと 胸がドキドキしてまた失敗をするようになっていました。 どうしよう、会いたい、でも、会うと芸に身が入らない・・・ あたしは、どうしたらいいの? マヤンヌがそれが恋というものだと知ったのはもう少し後のこと、だったのです。 思い悩みながら玉を繰っているマヤンヌを見つけて、マスミットは後ろから強く抱きしめました。 「きゃあぁ!!」 コン、コン、コン、コン 4つの玉がマヤンヌを抱きしめるマスミットの頭の上に落ちました。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜orz」 マスミットが出鼻を挫かれてうなだれていると、マヤンヌがびっくりして声をかけました。 「どど、どうしたんですか?何があったんですか?」 「実は・・・お前とは今夜でさようなら、なんだ」 「どう・・・して?」 「この城を出る決心をした。城付きの道化師見習いのお前とは、もうあえないだろう?」 マヤンヌの心に冷たい風が吹き抜けました。 会いたい、でも会うと辛い思いもする。 でも、会えなくなるのはもっともっと辛い・・・。 何も言えないでいると、マスミットはもう一度マヤンヌを強く抱きしめました。 「立派な道化師になるんだよ。 でも、おれはお前の道化師じゃない姿を見ている時が、 城にいる道化達の誰を見るより楽しい気持ちになれた。 本当だ。そして、大好きだった」 マスミットはマヤンヌの両頬を引き寄せて囁いた。 「マヤンヌが好きだ」 マスミットの唇が、マヤンヌの小さな唇に触れました。 見開いたままの大きな瞳に、涙が浮かんで流れ落ちた時、 マヤンヌははっきりとわかったのです、これが、恋というものだ、と。 「あたしも、す、き・・・」 言い終わらないうちに、次のキスが始まっていたのです。 二度目のキスはもう永遠に終わらないのではないか、というほどに甘く切なく、 別れを惜しむものでありました。 恋に幼いふたりはそのまま、一番鶏が鳴き始めるまで清い口づけを交わし合いました。 そして別れる最後まで、 マヤンヌはマスミットの本当の素性を知らぬまま見送ることになったのでした。 ::: もくじへ ::: 次へ ::: ![]() ■おしながきへ戻る |