『灰かぶりマヤと七人のこびとたち』 ::: 1 :::
by ぷりん




むかしむかし、あるところにふたつの小さな王国がありました。
隣り合ったふたつの国は、ひとつはハヤミ王国、もうひとつはタカミヤ王国といいましたが、ずっとずっと昔から仲が悪く、常に諍いが絶えませんでした。
しかし、ハヤミ王国には世継ぎが王子一人しかおらず、またタカミヤ王国にも女のきょうだいしかいなかったため、ここ数年、両国は仲良くして王家の血筋を残そうという動きが強まっていました。

この動きに伴い、タカミヤ王国では王妃、王女たちの間で見えない火花が散り始めるようになっていました。
ハヤミ王国の唯一の王子であるマスミ王子は、容姿端麗な美男子としてその名を辺り一帯に轟かせており、年頃の娘たちの憧れの的でしたが、どういうわけだか全く女には興味がないという噂で、常に狩りに興じていました。
そんなマスミ王子の気を惹こうと、三人の王女、シオリ、スギコ、ノリエはしのぎを削る毎日でしたが、実は彼女らの母親であるタキ王妃もまた、ハヤミ王国を女の色香で惑わそうとしている人物でした。
というのも、ハヤミ王国のエイスケ王は若くして王妃に先立たれており、タカミヤ王国のタキ王妃も数年前に未亡人となっていたため、まだまだ女盛りの王妃はエイスケ王と再婚することで、両国の実権を掌握することも可能だったからです。

そんなこんなで、タカミヤ王国の女たちは、それぞれが日に何度も湯浴みをし、髪を梳り、美しく着飾り、綺麗な宝石で自らを飾りたて、如何に自分を美しく見せるかに余念がありませんでした。
そんな女たちの世話に愚痴をこぼす使用人が大勢いる中で、たった一人だけ、黙々と仕事をこなす少女がいました。
小柄であどけない顔の少女は、名をマヤと言いました。
マヤはいつも埃や煤で汚れたぼろ切れのような衣服を着ていました。
王女たちのようにちゃんと手入れをすれば、おそらくは艶やかに輝くであろう長い黒髪をいつもボサボサなまま無造作に束ね、マヤは不平不満を一言も漏らさず、一生懸命お城の床磨きなどの掃除をしていました。
マヤは使用人の間の中では人気者でした。
休憩時間に、ときどき使用人仲間の前で演じる一人芝居はとても面白いと評判で、よく笑う元気な女の子だと、みんなから愛されていました。
しかし、マヤは、見えないところで王女たちや王妃にいじめられていたのです。
というのも、実はマヤは王女たちとは血の繋がりなど全くない、形式ばかりの姉妹だったのです。

これにはちょっとばかり込み入った事情がありました。
タカミヤ王国は、つい数年前まではキタジマ王国という名でした。
亡き王は、当初ハルという王妃との間に、マヤという一人娘をもうけました。
しかし、マヤが思春期を迎える頃、王妃は病死し、母親がいないマヤを不憫に思った王は、大商人のタカミヤ家から後妻を迎えることになったのでした。
しかし、タキを王室へ迎え入れることが決まった後、遠方に住むかつての夫の存在と、その男性のもとで暮らしている三人の娘の存在が発覚したのです。
娘たちは、母親が王室へ入るという知らせを受けると、三人とも親権を持っていた父親の元を離れ、キタジマ王国のお城へ乗り込んできたのでした。
継母タキと、マヤよりも年上の娘たちは、いずれもプライドが高く気の強い女たちで、正当な王位継承権を持つマヤを初めから快くは思っていませんでした。
それを感じ取っていた王は、マヤに指一本も触れさせまいと彼女を守るべく、
常に自分の目が届くところにおき、特別に可愛がりました。
しかし、それが逆に女たちの気持ちを逆撫でしたのでした。
積もりに積もった黒い感情は、国王亡き後に爆発し、王女であるはずのマヤは城を追い出されて使用人として扱われるようになり、国の名前もタキ王妃が勝手にタカミヤ王国へと変えてしまい、キタジマ王国時代の側近たちも追い払って、事実上タキが王国を乗っ取った形になってしまったのでした。

そんなこんなで、父王亡き後、マヤは、今までの生活とは打って変わり、城の掃除に明け暮れるようになりました。
それでもマヤは常に笑顔を絶やさず、文句のひとつも言いませんでした。
タキが王国を乗っ取ったときに使用人もほとんど総入れ替えになっていたため、マヤが先代国王の王女であるということを知る、ほんの一握りの人間だけが、彼女のそんな健気な姿を見て、ときおり涙するくらいでした。



ある日のことでした。
王女の世話係をしている使用人の一人が、息を切らせて休憩室へ戻ってきました。
「たいへん、たいへん!
ハヤミ王国で、こんど舞踏会が開かれることになったらしいわよ!
なんでも、マスミ王子の結婚相手を探すのが目的らしいわ。」
王女や王妃の世話係たちの間にどよめきが起こりました。
「ああ、なんということかしら。また王女様たちの病気がエスカレートするわね。」
「またドレスを何着新調するだとか、毎日何度も髪を巻き直すだとか、ずっとそんな日が続くわねえ……」
「王女様たちの間で骨肉の争いが起こりそうだわ……」
使用人たちが溜め息をつく姿を、マヤは部屋の片隅で小さなパンを囓りながら眺めていました。
すると、マヤを王女だと知る使用人の一人が、彼女の方を向いて突然口を開きました。
「マヤ様、マヤ様こそこのキタジマ王国の血を引く由緒正しい御方!
マヤ様もぜひ舞踏会に参加すべきではございませんか!」
心の奥底から絞り出すようなその声に、皆が一斉に振り向きました。
一番驚いたのはマヤ自身でした。
「なっ、何を言い出すの、ゲンゾウさん!」
マヤは声を落として初老の男性に静かに、というジェスチャーをしながら言いました。
ところが、マヤが王女だと言う突拍子もない発言を誰も本気にはせず、老人の血迷い事とあしらい、使用人たちはまたおしゃべりを始めたのでした。
マヤはゲンゾウと呼ばれた使用人の側に移動して、ひそひそ声で話し始めました。
「ゲンゾウさん、あたしは舞踏会なんていいのよ。」
「マヤ王女様、わしはこの国の血を引いていない輩がこの国で大きな顔をしているのがなんとも歯がゆいのです……」
「でも、お父様がいない今となっては、もうどうしようもないのよ。
もうダンスだってずっと踊っていないし、そもそも舞踏会へ着ていくドレスすらないんですもの。
それに、お姉様方の前に、どんな顔をして出て行ったらいいと言うの?
あたしは、こうしてみんなと仕事ができるだけでも幸せよ。」
「マヤ様……うっうっ……」
ゲンゾウは声を押し殺して泣き始めてしまいました。
やや暫くして、ゲンゾウはあることを思いつき、マヤに耳打ちをしました。
マヤは、頑に首を横に振るばかりでしたが、ついにゲンゾウの一言でしぶしぶ納得したのでした。
「どうか、先の短い老人の最後の願いだと思って、我が儘を聞いて下さいまし、マヤ王女様。」

                 ***

それから約一ヶ月後、いよいよ舞踏会の当日がやってきました。
王女たちは色めきたち、各々特別に新調したドレスを身に纏い、これでもかと言わんばかりの宝石類で飾りたてました。
この日は、王女たちそれぞれが、自分こそが異国の王子の心を射止めるのだと鼻息を荒くし、城の中は異様な熱気で満ち溢れていました。

そんな頃、マヤはと言えば、ゲンゾウによって城の近くの森の中に連れてこられていました。
おとぎ話の中に出てきそうな、色鮮やかなキノコや花がそこかしこに生え、今まで見たこともないような動物たちがマヤを出迎え、そんな不思議な森にマヤは大はしゃぎでした。
「凄いわ!こんなに素敵な森が、お城のこんな近くにあったなんて!」
やや暫く歩くと、透明な水をたたえた泉のほとりにひっそりと佇む山小屋風の家が現れ、ゲンゾウはそこで足を止めました。
「マヤ様、こちらでございます。」
ゲンゾウはそう言ってドアを控えめにノックしました。
どうぞ、という声に従い、ゲンゾウはドアを開けました。
すると、そこには不思議な森以上に不思議な世界が広がっていたのです。

二人を出迎えたのは、なんと七人のこびとたちでした。
二人が足を踏み入れると、彼等は一斉に仕事の手を休め、マヤを穴が開くほど見つめていました。
やがて、七人は歓声をあげながらマヤを取り囲みました。
「マヤ様だあ!」
「王女様がやって来た!」
涙を浮かべて喜ぶこびとたちに、マヤは動揺を隠せませんでした。
「あの……???」
事情が分からず、困り果てているマヤに、ゲンゾウが説明をしました。
「ここはお父上が、政の息抜きに、よくお母上とまだ小さかったマヤ様をお連れになっておいでになっていたところなのですよ。」
「え……?」
マヤは記憶を辿るように辺りを見回しました。
確かに、そう言われれば、何だか見覚えのある家具や調度品が綺麗に並べられています。
マヤがその一つ一つに手を添えて記憶を呼び戻そうとしていると、ゲンゾウがこびとたちに話す声が聞こえてきました。
「この前お願いしたように、とびっきりの魔法をかけて、マヤ様をハヤミ王国の舞踏会に連れて行って差し上げておくれ。」
するとこびとたちの中でも比較的背の高い、綺麗な顔立ちのひとりがポン、と胸を叩いてみせました。
「おやすいご用さ、ゲンゾウさん!このレイたちにお任せあれ!」
レイという名のこびとが力強く頷いてみせると、ゲンゾウはマヤに向き直って言いました。
「あとは全てこの者たちにお任せ下さい、マヤ様。
この者たちの手にかかれば、マスミ王子の心を射止めることなど、いともたやすいでしょう。」
「そんなことを言われても、あたしなんて……」
城の姉たちとは対照的に、尻込みをするマヤに、ゲンゾウは深々と頭を下げました。
「それでは、私めはこれにて失礼いたします。」
戸惑うマヤを残し、ゲンゾウは森の中へ消えてゆきました。



すると、早速マヤの足元に、レイとその仲間たちが小走りに走ってきました。
「マヤ様、これからみんなでとっておきの魔法をかけちゃうよ!
とびっきり素敵な王女様に大変身しちゃうから、ビックリしないでね!」
レイはそう言うと、六人の仲間と一緒にマヤを取り囲み、なにやら呪文のようなものを唱え始めました。
「王子様に迫られても大丈夫なように
レイがパチンと指を鳴らすと、それまでマヤが着ていた煤だらけの衣装は剥ぎ取られ、総レースの眩しい白の下着姿になっていました。
「きゃっ!!!」
驚いたマヤが慌てて両手で身体を覆うと、レイはウインクをして言いました。
「マヤ様って、意外とナイスバディーなんだねっ☆
あ、ここのみんなは、男でも女でもないから、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ!」
そして、次にパチンと指が鳴ったときには、マヤは薄いピンク色の可愛らしいドレスを身に纏っていました。
そして指が鳴る度に豪華なダイヤモンドの装飾品がマヤを飾り、化粧も施され、ぼさぼさの髪は漆黒の艶やかな黒髪に生まれ変わってアップに結い上げられ、ダイヤモンドのティアラをのせたゴージャスな王女の姿に変わっていったのです。
そして、次にレイがパチンと指を鳴らすと、マヤは素敵なガラスの靴を履いていました。
「うん、完璧!」
レイは腕を組んで満足そうに頷きました。
「うわあ、これでこそキタジマ王国のマヤ王女だね!」
七人のこびとたちは、感動のあまりウルウルと目を潤ませています。
「ほら、見てみて!」
レイがマヤを姿見のところへ連れて行くと、マヤは自分の姿にドキリとしました。
そこには、いつも見慣れた自分とは全く違った自分が映っていたのです。
灰を被り、煤けたオンボロの着物を着たみすぼらしい自分ではなく、腹違いの姉たちにも負けないほどの美しさと優雅さ、そして豪華さを兼ね備えた、年頃の王女の姿があったのでした。
頬は健康的にほんのりと紅く色づき、瞳はこの後に待ち受ける出会いをまるで期待しているかのようにキラキラと輝いていました。
(ゲンゾウさんの言うとおり、もしマスミ王子の心を射止めることができたら、タカミヤの女たちに潰されてしまったキタジマ王国を復活させることができるかもしれない……)
マヤの頭の中を、一瞬そんな考えがよぎりました。
でも、マヤは旧キタジマ王国の王女としてこの舞踏会に出席するわけではなかったことを思い出し、よこしまな考えを追い払うかのように頭を振ると、気を取り直して七人のこびとたちに礼を言いました。
「ありがとう、みんな。おかげで素敵な夢が見られそうよ。」
マヤがニッコリ笑うと、こびとたちは口々に言いました。
「夢なんかじゃないよ、これは現実なんだから!」
「こんなに綺麗なマヤ様なら、ホントにマスミ王子に見初められちゃうかもしれないね♪」
そうこうするうちに、舞踏会の時間が迫っているのに気付いたレイがコホンと咳払いをしました。
「じゃあ、最後の仕上げをするよ!皆で外に出よう!」
ドレスの裾が汚れないようにスカートの部分をたくしあげ、慣れないヒールを気にしながらゆっくりと外へ出たマヤの目の前で、レイがもう一度パチン、と指を鳴らしました。

すると、あら不思議!

マヤの目の前には、二頭の綺麗な白い馬に引かれたかぼちゃの馬車が現れたのでした!
「う……そ!?すごい……!!!」
言葉を失っているマヤの前で、レイが馬車の扉を開けました。
「どうぞ、お姫様。」
マヤがゆっくりとその中に乗り込むと、レイはその扉をそっと閉め、軽い身のこなしで御者台に飛び乗りました。
「じゃあ、由緒正しいお姫様を、素敵な王子様のもとへお連れしてくるよ。」
レイは仲間にそう言って、馬車を出発させました。

マヤは揺れる馬車の中で、夢見心地でした。
こんなにきらびやかな格好をしたのは、もうずいぶん昔のことでした。
マヤは、滑らかな手触りの可愛らしいドレスを触りながら、両親が健在で王家の一人娘として目の中に入れても痛くないほどに可愛がられていた頃のことを思い出していました。
おとぎの世界のようなこの森にも何度か来たことがあるのを、マヤは、今ならはっきりと思い出すことができました。
特にレイというこびとのことがマヤは大好きで、よく遊んで貰っていたのです。
こうして王女らしい格好をすると、マヤは自然と身が引き締まる思いでした。
王女としての身のこなしや言葉遣いも、あの頃のままにすんなりと戻ってきます。
ですが、男性とのダンスとなると話は別でした。
ダンスなど子供の頃に今は亡き父王と踊ったことがあるくらいで、年頃の男性と踊ったことなんて一度もなかったのです。
しかもマスミ王子は女嫌いという噂があり、今度の舞踏会も、ハヤミ王国の王が乗り気なだけで、当の本人はしぶしぶ狩りの日程を取りやめて臨むという話も聞いていました。
ましてやマヤとは11歳も年が離れていて、マヤ自身は狩りには全く興味がありませんでしたし、マスミ王子と会話が噛み合うとも思えませんでした。
ハヤミ王国が近づくにつれ、マヤはだんだんと緊張してきました。
そんなマヤの様子を察して、御者台からレイがマヤに声をかけてきました。
「そんなに深く考えずに、普通に楽しんでくればいいんじゃない?」
マヤはこの言葉で、一気に気持ちが楽になっていくのを感じました。
マヤとしては、久しぶりにこういう素敵な格好をさせてもらえたことを素直に喜び、華やかな世界に触れ、ひとときだけ楽しんで、もとの生活に戻れば良いのだと思うことにしたのでした。
というのも、この素敵な魔法は、いずれにしても夜中の12時の鐘が鳴り終わる頃には解けてしまうものだったからです。
マヤは、それまでの間の数時間を、大切に、純粋に楽しむことにしたのでした。

そうこうしているうちに、馬車はいつの間にかハヤミ王国のお城の前に到着していました。
「マヤ様、楽しんできて!
でも、さっきも言ったけど、12時までにお城を出ることは忘れないでね!」
マヤが動きづらそうにゆっくりと馬車から降りると、レイはウインクして言いました。
「ありがとう。」
「じゃあ、12時近くになったら、お城の裏手辺りに迎えに来るから。」
レイはそう言うと、馬車の向きを変えてもと来た道を戻っていきました。



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