『灰かぶりマヤと七人のこびとたち』 ::: 2 ::: by ぷりん ![]() マヤは階段の上のお城を見上げました。 権力と富を象徴するかのように高くそびえるそれは、なんと威圧感のあることでしょう。 自分が王女であった頃にはそんな風に感じたことなどなかったのに、マヤは、今ではそれが民の犠牲の上に成り立っているのだということが嫌というほど分かっていました。 マヤは小さく溜め息をつき、ドレスの裾を持ち上げて階段を昇ろうとしました。 そのとき、マヤは階段の隅の方で、通りがかる人たちに物乞いをしている老人がいるのに気付きました。 普段自分が身につけているものよりもボロボロで、泥と垢にまみれたような服を身につけた老人に、舞踏会にやって来た女性たちは眉をひそめ、あからさまに軽蔑したような視線を投げかけていました。 中には、物乞いに全く応じないどころか、石を投げつけたりする者までいたのです。 それでも必死になって物乞いをする老人を、マヤはどうしても放っておくことができず、彼の方へと近づいてゆきました。 「お嬢さん、お願いだ、もう丸二日も何も食べていないんじゃ、どうか一切れのパンでもめぐんではくれまいか。」 老人はそう言って、汚れた両手をマヤの方へ伸ばしてきます。 もう長い間ずっと身体もろくに洗っていないのでしょう、老人からは汗と埃にまみれたにおいが漂ってきましたが、マヤはそっとかがみ込んでその老人の手をとり、彼の目を見つめて言いました。 「ごめんなさい、あたし、今は食べ物を持ち合わせていないんです。」 マヤは心から申し訳なさそうにそう言うと、ふとどうしたらこの老人を元気づけられるだろうと考えました。 マヤが老人の手を握ったまま一生懸命考えていると、背後から聞き慣れた高笑いが聞こえてきました。 「嫌だわ、今日はお国の正式な舞踏会だというのに、あんなに汚らしい身なりの人が、こんなところに座っているなんて!」 「ハヤミ王国といっても、実はたいしたことないわね!オホホホホホ!」 マヤには、後を振り向かなくても、それがあの意地悪な姉たちだということがすぐに分かりました。 「たいしたことがなくても、それなりにお宝は持っているでしょうし、ウチと婚姻関係で結ばれれば、タカミヤ王国はますます大きくなれるわ!」 「あら、その役目は、私に任せて下さって結構よ。」 「いいえ、私が適任よ!」 「だめだめ、絶対にワタクシがマスミ王子を落としてみせるわ!」 マヤは、姉たちに自分だとばれないように必死で小さくなっていました。 ところが、物乞いをしている老人と着飾った娘の組み合わせは、否が応でも人目を引きます。 「ちょっと、あの娘ったら頭おかしいんじゃないのかしら? あんなに綺麗なカッコをしているのに、あんな汚らしい爺さんの手を握ったりして!」 「ほっときなさいよ、あんなのは私たちの敵じゃないんだから!」 口の悪い姉たちの会話が遠のいた頃、マヤはあることを思いついていました。 マヤはすっと立ち上がり、その老人に言いました。 「食べ物は持っていないけれど、どうかこれで笑って下さい。 明るい気持ちになって下さい!」 マヤはそう言って、使用人の部屋でよくやって見せている一人芝居を始めたのです。 5分ほどの短い芝居でしたが、老人の浅黒い顔には笑顔が浮かび、いつの間にかマヤの周りには人だかりができていました。 大きな拍手に驚いているマヤに、老人が尋ねました。 「お嬢さん、アナタ、名前は何というのかね?」 「あたしは、マヤ……マヤって言います。」 「マヤか……可愛らしい名前じゃのう……アナタ、この辺りでは見かけない顔じゃが、この国の人ではなかろう?」 「ええ、まあ……」 マヤは言葉を濁しました。 マヤを取り囲んでいた人たちが、そろそろ日が暮れてきたと言いながら、城を目指して階段を昇り始めると、マヤは老人にお辞儀をしました。 「すみません、そろそろ舞踏会も始まってしまいそうなので…… あたし、もう行きますね。」 「ありがとう、お嬢さん。」 そう言って老人はマヤに微笑みかけ、いつまでも彼女の後ろ姿を見つめていました。 彼の目が生き生きとした光を取り戻し、キラキラと輝いていたことに、マヤは気付いていませんでした。 お城の中に入ると、そこは若い女性たちでごった返し、彼女たちの熱気とあいまって、様々な香水の香りと、至る所に飾り付けられた花々の香りとでむせかえるような空間になっていました。 誰もが皆、王子の心を掴もうと必死なのだと、マヤはひとごとのように感心しました。 マスミ王子は背が高く、相当な美男子だと、マヤも人づてに聞いていました。 ましてや将来は王となる身であり、彼の心を掴むということは、姉たちが言うように将来が約束されたも同然で、年頃の女性たちが目の色を変えて舞踏会にやって来る気持ちも、分からなくはありませんでした。 (でも、こんなに女性がたくさん押しかけていたのでは、王子様の顔を拝もうにも拝めないわね。) マヤはそう思い、美味しそうな料理をつまみながら城の中を、ひとり見て回りました。 かつてのキタジマ王国と同様に、世界の各地から集められた珍しい宝が廊下の両側を飾り、マヤは初めて来た城にも関わらず、初めて来たような感じがしませんでした。 ひととおり城の中を歩き回って舞踏会の会場へ戻ってくると、さきほどよりも更に熱気は増し、息苦しささえ感じられるほどでした。 マヤは外の新鮮な空気を吸おうと、シャンパングラスを片手に、とうに暗くなったテラスの方へ出て行きました。 舞踏会へ参加しに来た女性たちが、自分が昇ってきた階段をまだまだ続々と昇ってきているのが見えましたが、先ほどの階段下の老人の姿は、マヤがどれだけ目をこらしてみても、もう見えませんでした。 (誰かに食べ物をもらえていたらいいのだけど……) マヤは心の中でそう願いました。 よく手入れされた美しい花を眺めながら庭を歩いているうちに、お城の中から音楽が流れるのが聞こえてきました。 食事の時間も終わり、いよいよダンスの時間になっていたようでしたが、マヤはしばらく外で夜気を吸って散歩をしていました。 庭は思いのほか広く、花々を手にとって眺めたり、噴水や彫刻に見とれたりしているうちに、いつのまにか夜も更けていました。 舞踏会は延々と続いており、相変わらずの熱気の中、何時頃になったのだろうと時計を探し歩いているマヤの耳に、黄色い歓声が沸き起こるのが聞こえてきました。 遠くの方で沸き上がったその歓声は、徐々に、しかし、ためらうことなく真っ直ぐにマヤの方へと近づいてきます。 やがて、何事かとマヤが振り向いたときには、マヤ自身が歓声の渦の中にいました。 マヤが自分の前に立ちはだかる人間を見上げると、そこには未だかつて彼女が見たこともないような、美しい長身の男性が佇んでいました。 マヤは直感で、この人こそが噂のマスミ王子だと確信しました。 彼の真っ直ぐに射るような視線に耐えられず、マヤが視線を足元に落としたとき、直ぐそばで悲鳴のような声があがりました。 おそるおそる顔を上げると、なんと彼がマヤの目の前にすっと手を差し伸べていたのです! 「ぼくと踊って頂けませんか。」 予想だにしない展開に、マヤがどぎまぎしていると、彼は有無を言わさぬ勢いでマヤの手を握り、フロアの中央へとズンズンと引っ張っていきました。 「あ、の……!」 マヤの躊躇う声は、周りの嫉妬と驚嘆の入り交じった多くの声にかき消されていました。 「なあに、あの娘!?」 「マスミ様ったら、この私を差し置いて、一体どういうおつもりかしら?!」 マヤに嫉妬の視線が次々に突き刺さります。 フロアの中央にふたりが到達すると、辺りの照明は落とされ、マヤと王子のふたりだけにスポットライトが当たりました。 しっとりとした曲が流れ始めると、王子はマヤの手をとり、踊り始めました。 彼のリードは素晴らしく、マヤは自然に身体がついていくのを感じ、とても不思議な気分になっていました。 とはいえ、やはりマヤは自分に向けられる刺々しい視線の数々に、いたたまれない気持ちでいっぱいでした。 「皆が見ているわ。」 マヤは消え入りそうな声で囁きました。 「かまうものか。」 「でも……みんなの視線が、痛いわ。」 「なら、ぼくだけを見ていればいい。」 王子が優しく返します。 「はい……」 マヤは、王子を見つめ、彼のリードに委ねました。
ふたりのダンスは、初めて手を取り合ったとは思えないほど息がぴったりで、嫉妬に満ちたヒソヒソ声は、やがて賞賛の声へと変わってゆきました。 「素敵ねえ……」 「悔しいけど、あのふたり、息がピッタリだわ。」 「身長も歳もずいぶん離れていそうだけど……お似合いかもしれないわね。」 王子に手をとられて踊っているマヤ自身も、久しぶりに踏むステップに、身も心も軽くなり、いつしか王子とのダンスを楽しんでいました。 「ずいぶんお上手ですね。」 王子が目を細めてマヤを称えると、マヤはまさか幼少期に父親にたたき込まれたなどと言えるはずもなく、 「そう……です、か?」 と返すのが精一杯でした。 一曲を踊りきり、マヤが王子の手から離れようとすると、彼はマヤをぐいと引き寄せました。 見た目よりも筋肉質な王子の身体にぴったりと引き寄せられ、マヤは動悸が激しくなり、息苦しささえおぼえました。 間髪入れずに次の曲が始まると、今度は情熱的なリズムにのって、ふたりは踊り始めました。 王子と身体が触れあうたびにドキドキしていたマヤも、久しぶりのダンスに我を忘れ、まるでこの舞踏会がマヤと王子のふたりだけのために開催されたかのように、ふたりは何曲も何曲も踊り続けました。 ですから、このときのマヤは、嫉妬と怒りに狂った視線を、王子の相手がマヤだと認識した姉たちが、遠くから投げかけていることに気付かなかったのです。 ずっと休みなしに踊り続けてさすがに息の上がった王子が、マヤの手をとり、ひとけのないテラスに向かったとき、マヤは甘いときめきで眩暈がすると同時に、こびとたちの言っていた時間が気になって仕方なくなっていました。 早く帰らなくてはという思いと、まだずっとこうして自分の身を王子に委ねていたいという思いとの狭間で、マヤは揺れていました。 あろうことか、マヤは王子に恋してしまっていたのでした。 魔法が解けてしまえば、マヤはまたいつもの使用人の立場に戻り、二度とマスミ王子とこんな時間を過ごすことはできないのです。 マヤはあと少しだけ、あとほんの少しだけでもこの甘いひとときを過ごしたいと思いました。 マヤがマスミ王子の温かな体温を感じながら物思いに耽っていると、彼が彼女をそっと抱き寄せて囁きました。 「マヤ。」 マヤは、はっとしました。 (どうしてこの人は自分の名前を知っているのだろう?) マヤがそう思った瞬間、マヤは王子に抱きすくめられました。 王子の目は熱っぽくマヤを見つめています。 王子の瞳の奥には、容易に消すことなどできない炎が揺らめいているのが見えました。 王子が身を屈め、マヤに顔を近づけてきたとき、教会の鐘の音が深夜12時を告げ始めました。 「!!!」 マヤは弾かれたように王子の手をふりほどき、一目散に駆け出しました。 「待って!」 突然のことに驚き、マヤを呼び止める王子の声も、彼女の耳には届きませんでした。 (早く、早く!!!) 焦る心とは裏腹に、履き慣れないヒールがマヤの邪魔をします。 マヤは、せっかくこびとたちに履かせて貰ったガラスの靴を脱ぎ捨て、脇目もふらずに城の外の階段を降りてゆきました。 どうにかこうにか裏手の馬車のところへ辿り着いたときには、最後の鐘が鳴り終わるところでした。 「ふう〜!なんとか間に合ったね、マヤ様!」 かぼちゃの馬車に乗り込むと、レイがホッとしたような声で話しかけてきました。 「あと数秒で魔法は解けちゃうから、このままワープしちゃうよ!」 レイはそう言って指をパチンと鳴らしました。 その瞬間、マヤの後を追いかけてきた王子の目の前で、かぼちゃの馬車は跡形もなく消え去ったのでした。 「まさか……!そんなバカなことが!」 呆然と佇む王子の足元に何か冷たい物が触れました。 何かと思い、王子がそれを手に取ると、それは先ほどまで彼が一緒に踊っていた女性が履いていたガラスの靴でした。 王子はその靴を握りしめ、心に誓ったのです。 「マヤ、ぜったいにきみを探し出してみせる!」 ::: 前へ ::: もくじへ ::: 次へ ::: ![]() ■おしながきへ戻る |