『恋をした。』 by み様



速水さんと、一日一緒に過ごした。

一緒に芝居をみた。
ケーキを食べに行った。
散歩をして、プラネタリウムをみた。
お祭りに行った後、レストランで食事をした。

あれ以来あたしは、少しおかしい。
気がつくと、速水さんのことを考えている。

彼は、私を呼び出して、何を言おうとしていたのだろう。
時折、彼の眼に宿るやさしい光はなんなのだろう。
あたしをみる眼の、さみしそうな陰は?

彼は何も言わなかった。
彼の真意はわからないまま…。



あの日を境に、いままでが嘘のように、速水さんと会わなくなった。
稽古先にも、撮影現場にも、まったく姿を現さなくなった。
…正確には、彼が来ているときに、あたしがたまたま席をはずしている…らしい。


人の気配に敏感になった。



稽古場に、人が出入りする。
その度に、出入り口を注意深くみつめた。
すうっ、と扉が動く。
開いた隙間の、その奥を見つめる。

違うわ…。
すいっと、顔を舞台に戻す。
あたし、誰が来ると思ってるのかしら…。
スーツを着たイヤミ虫の姿を、頭から追い出す。



喫茶店で打ち合わせをしていると、たまたま奥に彼の姿を見つけた。
恰幅のいいおじさんと、談笑しているのを視界の隅で意識する。
彼が笑いながら身体の角度を変えた。
あたしのいる方へ顔を向ける。

眼が、合う。
身体の真ん中から指先に向かって、電流が走る。
ばっ!と顔をテーブルにうつす。
持っているグラスが、小さく震えていた。



街を歩いているとき、遠くに背の高い、背広姿の背中をみつけた。
心臓が、大きな音をたてて身体に血液を送り出す。
眼が彼の姿を追う。
ああ、振り向く…!

彼ではなかった。
息を吐き出す。
ああ、あたし、息をとめてたんだ…。
空気が身体から出る音で、はじめて気づいた。



速水さんのことを脳裏に浮かべることが多くなった。

彼の、さもおかしそうに笑う顔。
煙草を、苦そうに口から離す仕草。
スマートに、女優さんをエスコートする姿。

頭から追い出すことができなくなってきていた。



「マヤ、ちょっと醤油を買って来てくれないかい?切らしてたの忘れてた」
麗が頭をかきながら、棚から顔を出す。
「麗でもそんなことあるのね」
財布を受け取る。

「いってきまーす!」
つっかけを足にひっかけて、勢いよく玄関から飛び出す。
「寄り道せずに帰ってくるんだよー!」
扉の隙間から声が追いかけてきた。

道端の花や、塀の上で伸びている猫に声をかける。
「やぁ、チビちゃん。何してるんだ?」
「げ…」
後ろから音もなく車が現れ、速水さんが笑いながら降りてきた。
「誰と何を話してたんだ?」
「心がきれいな人にしか見えないものと、内緒話です!」
ふんっ、と顔をそむける。
「そうか、邪魔して悪かったな、チビちゃん!」
彼の笑い声があたりに響く。

「あなたはなんでこんなところにいるんですか!?」
横目で睨みながら見上げる。
「ただの通りすがりだ」
彼は唇の端で笑いながら答える。
「君は?」
「お醤油を買いに行く途中です!」
彼の顔の前に財布をぶんっ、と持ちあげた瞬間、

「あーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

あたりに硬貨が散らばる。
「どうしてこうなるのよう…!」
急いでしゃがみこみ、硬貨を拾い上げる。
「まったく、期待を裏切らないな、チビちゃん」
彼は笑いながら膝を折る。


「これで全部か?」
ぐるり、と身体をまわして、あたりを見渡す。
「そうみたいですね」
眼を道端に向けたまま、相槌を打つ。

「ほら、チビちゃん。なくすなよ」
速水さんの手が伸びてくる。
「あ、ありがとう…」
手を掴まれ、その上に硬貨が置かれた。
「…ございます…」

掴まれた指先が、熱い。

「チビちゃん?真っ赤だぞ。熱でもあるのか?」
彼の声に、我に返る。
「なんでもありません!」

「本当にありがとうございました!それじゃ、急いでるんで!」
勢いよく頭を下げると、商店街へと駆ける。

なんでなんでなんで…
頭の中でぐるぐると回る。




ある日、速水さんが、お見合いをするという話を耳にした。
彼が結婚を、するかもしれない。

心臓が、どくり、と痛む。

なんでこんなに、気になるのだろう。
なんでこんなに、胸が騒ぐのだろう。

確かめることができないまま、時間ばかり過ぎて行く…。




久しぶりに休みがもらえた。
雲ひとつなく、鳥の声に誘われるように外へ出た。

河原へ向かう。
風が顔をなでる。
自然と走り出していた。

ふと、視界に懐かしい姿が映る。
その姿がはっきりとしてくると、足が、徐々に動かなくなった。
「はやみ…さん…」

「やぁ、チビちゃん」
彼はあたしがここを通ることを知っていたようだった。

「いつもここを走っているのか?」
「はい、稽古がお休みの日は大抵…。川からの風が気持ちいいし、景色もきれいでしょ?
たまに河原で子どもたちにお話を聞いてもらったりもするんですよ」
「そうか」
彼は、小さくつぶやく。

「少し、座って話さないか?」
速水さんは、草地にむかって歩き出した。

彼は少し下りたところにある芝の上に座り込んだ。
彼の髪が風に揺れる。
日の光を浴びて、きらきらしている。
胸の奥が、小さく音をたてる。

彼の横に腰を下ろしながら口を開く。
「速水さん、お見合いしたんですってね…」
彼の顔を見ることができない。
「ああ…」
足元の草をいじる。
「きれいな、人だそうですね…」
ぷちぷちと、ちぎる。
「そうだな…」
ちぎった草が、風に運ばれるのを眼の端でとらえる。

速水さんがポケットから煙草を取り出す。
「結婚、するんですか…?」
彼は、煙草を口に運ぶ。
「さぁ、どうだろうな…」
煙草を指で挟み、その手を膝の上に乗せる。


彼はなぜここに来たのだろう。
あたしに何を伝えに来たのだろう。

あたしは何が知りたいのだろう。
彼の口から何が聞きたいのだろう。


「速水さん」
今日初めて、彼の顔をしっかりと見つめる。
「ん?」
彼は煙を吐き出すと、ゆっくりと首をまわして、あたしを見た。

やわらかな眼差しと、少し緩んだ口元。
春の日差しのように、このうえなくやさしい。

「すき…」

彼の顔をみたら、口から滑りおちてしまった。
同時に、まぶたから熱いものがぼろ、と零れおちる。

あとはもう、どうすることもできなかった。
幾筋も、とどまることなく零れおちる。

彼は目を大きくした。

「はやみさん、あたし…」
彼から眼をそらすことができない。
「あなたに、ずっと、」
ひとつ、息をすう。
「あなたにずっと、逢いたかった…!」

涙が次から次へ、ぼろぼろと零れおちる。
彼の顔が輪郭を失っていく。

「チビちゃん…」
速水さんの指が、あたしの頬に触れる。
「泣くな…」
肩に、彼の手が置かれる。
「頼むから…」
頭の上に、彼の顎が乗る。

あぁ、あたしはずっと、これを求めていたんだ。

彼に抱きしめてほしかったんだ。

ざぁっ、と風が駆け抜ける音が、あたりを包み込んだ。




「チビちゃん、まだ泣いているのか?」
彼の声が降ってくる。
「い、いえ…」
鼻をぐずぐずとすすりながら、速水さんの胸から顔を離す。

「今日はなぜ、ここへ?」
彼の胸を見つめたまま尋ねる。
「ん?ああ…」
彼はあたしの髪を何度も梳く。
「こないだ一緒に小銭を拾い集めただろう?」
髪が長くてよかったなぁ、と心の中でつぶやく。
「はい」

「手を掴んだときに、真っ赤になった君が忘れられなくて」
「俺の勘違いだと、ずっと言い聞かせてきたんだが」
「あまりにも頭から離れないから、確かめに来たんだ」

彼の指が頬に伸び、涙の痕をたどる。
「なにを…確か、めに…」
心臓が、うるさいほど大きな音で騒ぎはじめる。
「決まってるじゃないか」

「君が俺のことを好きだということを。」

風が速水さんの髪を揺らす。
「自意識過剰、ですね」
さっき、『すき』と言ってしまったことは口にせず、あえて悪態をつく。
彼は大きな声で笑いはじめた。
「真っ赤な顔をしてる君に言われてもね」

「でも、結婚するんでしょ?その…お見合いした、人と…」
突然、親指と人差し指で強く頬を挟まれ、顔をぐい、と持ちあげられる。
「いふぁいれす」
抗議の声をあげ、彼の手首を掴む。
「君は、俺が他の人と結婚してもいいのか」
冗談を含んだ声だけど、眼は笑っていない。

「しなくても、いいの?」
彼の指を引き剥がすと、眼をみつめる。
「まだ返事はしていない」
「ほんとに?」
「本当に。」
彼の言葉に、頬がゆるむ。
「そっか、そうなんだ…」
自然と笑みが零れていく。

「俺も、君が好きだよ」
頬を両手で包まれる。
「この先なにがあっても、ずっと…」

次々と、想いが身体の奥からあふれていく。
とても抱えきれなくて、眩暈がする。
彼の手に自分の手をそっと重ね、ゆっくりと瞼をとじた。



-------------------------------------------

まいこさんへ

このSSは、ガラカメラーなら3大萌えに入るであろう、マヤちゃんと速水さんのデートの回から始まり、
本家とは異なる話の流れへと展開してみましたが、どうでしたでしょうか(・・;?どきどき…
このSSを書くきっかけになった、まいこさんの描かれた『恋をした。』
それを観たときの私の衝撃といったら!
『恋をした』という言葉から連想する、赤くなったり、青くなったり、という情景を想像していた私は、
気持ちよく予想を裏切られ、しばらく呆けておりました。
泣いてしまうくらい、相手に惹かれてしまうということ
泣いてしまうくらい、想いが溢れてしまうこと
『泣く』『涙を流す』という行為は、よほどの大きな衝動が働かない限り、表に現れないものなので、
この1枚に描かれているマヤちゃんの想いがどれほど大きなものなのか、
考えれば考えるほど、胸がきゅーーーーーっと締め付けられました。
衝動のままにこのSSを書きましたが、はたして彼女の想いを描くことができているのか、といわれると、
ものすごくあやしい(むしろ、半分も描けていないような気がしてくる)のですが、どうでしょうか?
少しでも、何か伝わるものがあれば幸いです^^

み(トリからシカ)

-------------------------------------------

みさん、本当に勿体無いくらいの素敵SSありがとうございました!
あたしがマヤみたいに涙ぽろぽろでしたよ…!(2011/06/10)

み様のサイトはこちらからどうぞ↓



■トップページへ戻る