Chapter 1   『綿100%の乙女心』



――来週より始まる新ドラマですが、北島さんの役柄を教えてください。
北島「はい。下着メーカーの商品開発部門に勤務する女性社員の役です。仕事と恋に悩みながら成長していく、等身大の女性を演じます。」
――深夜枠の実験的なドラマと伺っています。
北島「『大人が笑えるコメディ』が作品のコンセプトなんですが、演出の方針でとにかくアドリブばかりなんです。決められた台詞では本物の笑いは生まれないって。台本通りにやろうとすると逆に怒られるので、スタジオは常に緊張感でいっぱいです。」
――下着メーカーがドラマの舞台ということで、現場は沢山の下着に囲まれて華やかな雰囲気だとか。
北島「はい!見渡す限り、キラキラ、フリフリ、スケスケの世界です!!カラフルで女の子らしい下着とか、知的でクールな下着とか、機能重視で色気ゼロの下着とか、とにかくいっぱいです。セクシーな下着も色々あって、こんな小さな布でちゃんと隠れるの?とか、これって何の為にこんな形をしてるの?なーんて、共演者の女の子達とキャーキャー騒いでます。」
――楽しそうな現場の雰囲気が伝わってきますね。
北島「まるで女子高の教室みたいだと言われます。男性の皆さんは、目の遣り場に困って肩身が狭いと、いつも嘆いていて気の毒かも。」
――ということは、ちょっぴり刺激的なシーンも期待してよろしいですか?
北島「是非、期待してください!下着モデルの方の撮影シーンがある日は、男性陣がずっとスタジオに張り付いて離れないんですよ。な〜んて、実は私も覗きに行ってますけど。えへへ。だってモデルの皆さんはすごくスタイルが良くって、女の私でもウットリしちゃいます…。」(両手で胸を押さえる仕草)
――ところで北島さん自身は、普段はどのような下着がお好みなんですか?
北島「ええっ、私の好みですか?…えーっと、よくわかりません。」
――よくわからない、ですか?
北島「ちょっと前まで私、とても貧乏な生活をしていたんです。服を買い替える余裕も無いくらいにお金がなくって。ドラマで使うような華やかな下着が存在する事も、最近まで知りませんでした。だから下着の好みなんて、考えた事もないんですよ。」
――それは紅天女を獲得し、順調に仕事をされている現在でも?
北島「はい!そういえば、高校生の時に買った下着を今も大事に使っています。一番のお気に入りです。」
――それでは…、下着に対するこだわりはありますか?
北島「こだわり?うーん、綿100%かなぁ。」
――オ、オシャレとしてのこだわりなんかは…。
北島「え、オシャレ??下着のオシャレって、何ですか??」
――例えば、上下は必ず揃えたり、その日に着る洋服とのコーディネートを考えたり。そのような事です。
北島「ないです!ないです!いつも上下バラバラだし、洋服と合わせるなんて、そんなの考えた事もないです。…あのう、皆さんは普段そんな事を考えているんですか??」
――お年頃の女性はそういうものではないでしょうか…。一般論ですが。
北島「はぁ〜色々と大変なんですね。お年頃の女性って。」
――そういう北島さんもお年頃の女性なのでは??
北島「アッ、そういえばっ!!」
――北島さん、今どきの等身大の女性を演じられるとの事ですが、役作りは大丈夫ですか?(笑)
北島「うう…。どうやら全然足らなかったみたいです。」(汗)
――それでは、最後の質問をさせて頂きますが、宜しいですか?
北島「はい。」
――北島さん、恋人いませんね?
北島「!!!」
――図星ですね。(笑)
北島「…図星です。何だか私、色々とこのドラマに相応しくないような気がしてきました…。」(ガックリと肩を落とす)
――新ドラマ、頑張ってください。応援しています。
北島「ありがとうございます。」(泣)
――最後に、ドラマへの意気込みを一言お願いします。
北島「えーと。こんな私ですが、主人公と一緒に、仕事と恋に成長出来るよう全力で頑張りますので、どうか温かく見守ってください。新ドラマ、『君の下着に恋してる』。どうぞお楽しみに!!」

突然テレビから流れてきたマヤのインタビュー映像に、速水はブルーマウンテンを盛大に吹き出した。大都所属の大物タレントの離婚会見が間もなく生放送されるというので、社長室のテレビをつけた直後の惨事である。
「まぁ。社長、大丈夫ですの?」
「ゲホゲホッ…。み、水城君!これは何なんだ!?」
コーヒーで濡れた口元を拭う速水の横で、水城が手早く机を拭く。
「北島マヤ主演の新ドラマの番宣インタビューですわ。確か昨日収録だったはずです。」
「それは知っている。」
「このドラマは、紅天女獲得後、初のテレビドラマ出演に相応しいものをと大都が社運を賭けて厳選した大作ドラマの企画をことごとく蹴って、マヤたっての希望で半ば強引に出演が決定した、話題も後ろ盾も碌にない、深夜の低予算ドラマですわ。」
説明口調で的外れな回答をする水城だが、当然これは確信犯だ。
「…それは勿論、知っている。俺が今言っているのは、このインタビューの内容の事だ。」
ジロリと睨みつけたテレビ画面の中では、件の大物タレントの会見がまさに始まろうとしているところだったが、速水の眼中には既に入っていない。
「ふふふ。楽しい掛け合いでしたこと。まるでコントですわね。」
「俺は、こんなインタビューを許可した覚えはない!」
「質問内容ついては事前に社長のご確認を頂き、決裁頂いております。インタビューの進行は予定通りのもので間違いございません。」
「いや、予定外の質問も含まれていたぞ。特に後半はプライベートに立ち入り過ぎている。」
「この場合、“プレイベートに立ち入り過ぎた”のではなく、“プライベートを晒し過ぎた”の間違いでは…。」
水城はもはや堪え切れないというように肩を震わせ、クククッと笑いを噛み殺す。
「大体、マヤのあの受け答えは何なんだ!?」
「マヤにはあらかじめ大都で用意した模範回答を渡し、読ませております。ただし、それは完全に無視したようですね。」
「何故、指示を無視した?」
「さぁ…。きっと退屈な台本だったのでしょう。先程のインタビューでマヤ本人が申しておりましたわ。“決められた台詞では本物の笑いは生まれない”、と。」
「インタビューは芝居じゃない。ましてやコメディなどではない!」
「同じ事です。あの子は観客を楽しませる事しか頭に無いのですもの。」
水城は目を細めて、笑みを浮かべる。
「味気ない取材を、舌先三寸で即興劇にすり替える。マヤの才能の真骨頂です。この映像は今朝から繰り返し放送されていますが、どのワイドショーでも大きな笑いと共に、ドラマへの期待を煽る熱心なコメントで締め括られています。コメディ作品として、これ以上のアピール方法はないでしょう。低予算ドラマでなくとも、侮れない宣伝効果ですわ。それでも社長は、今からこのインタビュアーに対し某かのクレームを付けようなどという、野暮な事をなさろうとお考えですか?」
立て板に水とばかりに一気に捲し立てる水城の口上に返す言葉もなく、グッと言葉を詰まらせた速水は、飲みかけの冷めたコーヒーを口にする。大方、このインタビューをいつ俺が目にするか、朝から手ぐすねを引いて待っていたのだろう。水城の計画通りにやり込められてしまった自分が、何とも情けない。速水は深く椅子に身を沈め、天井を仰いだ。
「…まったく、マヤはお笑い芸人でも目指すつもりか?」
「最近では、喜劇を得意とする女優を“コメディエンヌ”と呼ぶようですわ。」
「天女様の才能は留まるところを知らず、か…。」

一年前、マヤは紅天女を勝ち取った。マヤの紅天女を観たあの日。俺は、マヤへの愛が永久不変のものである事、その愛に背を向けて生きる残りの人生は死と同義である事を悟った。紅天女の後継者発表後、マヤは大都の俺の元を訪ねてきた。
「紅天女と私を、どうぞよろしくお願いします。」
ただそれだけを言って、恭しく一礼し、彼女がゆっくりと顔を上げた瞬間。その満面の笑顔を、俺は生涯忘れないだろう。死んだように生きる人生ならば、いっそ、死んだつもりで生まれ変わりたい。その時、俺は心からそう願った。婚約破棄と業務提携の解消という、先の見えない険しい道程の果てに、マヤとの未来が待っている確約がある訳ではない。だが、それを夢見てがむしゃらに走り出す無謀な挑戦は、生きながらにして生まれ変わるのに相応しい、晴れ晴れとした生き方のように思えた。それから俺は、一切の迷いも、休息もない日々を送っている。マヤへの思いと紫のバラの真実は、未だ告げられないままに。



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