『紅い梅の木と白鳥』 ::: 五 :::
by 白菜




「村長さん、俺だ。速水だ!!」
「あんた、そんなに強く叩いたら扉が壊れちまうよ!」
真澄と麗の声でした。

「……彼を入れてはならん」
玄関に向かおうとした妻を、村長が止めました。

「おっと。別に誰を入れてもいいんだぜ。マヤを逃がさなければな」
男はにやりと笑って、村長に言いました。


「……お役人様、一体なんの御用ですか」
玄関が開くと、そこに居たのは村長の妻でございました。

「マヤに逢いに来た。マヤを出して欲しい」
真澄は単刀直入に申し出ました。真澄の少し後ろで、麗がぺこりと頭を下げます。

「……先ほど申し上げた通り、マヤを貴方の慰み者にするつもりなど毛頭ございません」
「失礼を申すな!」
真澄の怒号が響きました。しかし、妻の表情は能面のようにぴくりとも動きません。

「……マヤは、貴方様に釣り合うような娘ではございません。お帰り下さい」
「おかみさん、頼むよ。マヤに逢わせて欲しいんだ」
麗が妻に懇願しました。マヤの身に何かが起こっていると、妻の面を見て分かったからです。
「麗……マヤとのお宮参りは、今後は必要ありません。今日はすまなかったね」
言葉の最後で、くしゃ、と顔が歪むのを、麗と真澄は見逃しませんでした。

そして、ぴしゃりと高い音を立てて、引き戸が閉じてしまったのでございます。


「……あの男が此処に居る。このままではマヤが連れて行かれてしまう」
真澄が玄関を睨んで言います。
「一体何があったんだい。あんたは何を知っているんだ」

「マヤ!居るんだろう?マヤ!!」
真澄が数歩後ずさりして、叫びました。麗は真澄の行動に、眼を丸くするばかりでございました。

「マヤ!」「姿を見せてくれ!」「マヤ!!」
雪の中で、髪を肩を真っ白にして、マヤの名を叫び続ける真澄――――
この男はマヤを真剣に愛している。年齢や身分などは関係ないのだ。出逢ってしまえば、そんなものは。
麗は、真澄のマヤへの愛情を、心から信じたのでございます。


「あんたを呼ぶ男、宿に居た男じゃないか」
男はマヤの部屋から、下を覗いて言いました。
マヤは、二階の自分の部屋に、男と一緒におりました。

「知り合いではないと言っていたのに。とんだほら吹きだな。まさか好い仲だったりするのか」
男は呆れた顔をしてマヤに聞きました。
しかし、すぐにはっと驚いた顔をして、「まさか、すでに羽を見せちまったのか?」と言います。
男の問いにマヤは眼を瞑ったまま、顔を左右に振りました。

「だろうな。羽のある女と知ったら」
マヤは咄嗟に耳を両の手でふさぎました。男の酷い言葉などこれ以上聞きたくありませんでした。

耳をふさいでも、速水さんの声が聴こえる。あたしを必死に呼ぶ声が。
速水さん、あなたの側に行きたい。飛んで行きたい。

飛ぶ……。そうよ。この羽が開けば飛べる。

マヤは、背中の羽が動いて欲しいと、心の中で必死に唱えました。

――― 羽よ開いて。空を飛べたら、速水さんの元へ行ける 羽よ、開け…! ――――

しかし、どれだけ念じても、背中の羽が動くことは叶いませんでした。


* * *


雪が激しくなっても、真澄は村長の家から離れようとはしませんでした。
其処で麗は閃いたのです。この雪の中、男がマヤを連れ出すことはしないだろう、と。

「一度腰を据えて考えないか?あたしの家は、此処からすぐ近くにあるからさ」
麗は真澄に提案しました。足の指先が凍えて固まってしまいそうでした。
「そんなことを言っている間に、マヤが男と出て行ってしまったどうするんだ」
それでもじっと村長の家を見つめる真澄に、麗の堪忍袋が、とうとう切れてしまったのでございます。

「山を見なよ。真っ白だろう?あの山をどうやって越えると言うんだい!」
「此処にずっといるつもりかい?あんたが凍えちまったら、マヤを守れないだろう?落ち着きなって!」

「……」
真澄は、ようやく正気に戻りました。そして、麗の姿を見て驚きました。髪にも肩にも雪が積もり、着物の裾が濡れてしまっています。

「……すまない」
真澄は素直に、謝ったのでございます。そして、「君、そのままでは風邪をひいてしまう」と言うものですから、麗は「あんたもだよ!」と、また叫んでしまったのでございます。



「なるほど、ようやく合点がいったよ……」
麗が、はあ、と大きな息を吐きました。真澄は、麗がひとりで暮らす家におりました。
囲炉裏の火で体を温めつつ、真澄は宿で逢った男の話を、麗にしたのでございます。

「……その男の村にマヤを呼んで、明日を占わせようってことか」
「ああ……」
温かい甘酒が、真澄と麗の体中に沁み通ります。

「あいつはマヤの背中の羽を知っていた。俺はマヤの唄の噂は知っていたが、羽までは聞かなかった」
唄の噂、と真澄が言いましたので、麗は胸の奥に引っかかっている懸念を、彼に話すことにしました。

「速水さん、本当はマヤの唄を知ってこの村に来たんだろう?」
本当のことを言って欲しい、と願いを込めて麗は聞きました。
真澄は、麗の眼をじっと見つめ、五つ瞬きをしてから、唇を開きました。
「……そうだ。マヤの唄の噂を聞き、この村へ来た」
やはり、と麗は眉を潜めました。

「続きを聞いて欲しい。初めはマヤの唄を、中央で活かせないかと考えていた」
「……なんだい、それ。マヤを何だと思っているんだ」
真澄を厳しく睨みます。麗の視線に、彼は自分の画策を心底から恥じました。

「……すまない。だが、村長の家に行く途中、お宮からマヤの唄が聴こえた」
はて、マヤはいつも、そんな大きな声で唄っていただろうか、麗は首を傾げます。

「唄に導かれお宮へ向かうと、梅の木の下に、マヤが居た」
囲炉裏の火が、ぱちんと鳴りました。真澄は薪をくべる手を止め、炎をじっと眺めています。
マヤと逢った時のことを思い出しているのだろう、麗は美しい彼の横顔を見て、そう思うのでした。


「速水さん、あんた……マヤと夫婦(めおと)になりたいのかい」

唐突な麗の問いでした。
真澄は麗と視線を合わせ「ああ」とだけ答えたのでございます。真澄の表情と言葉に、迷いは全くありません。

「昨日逢ったばかりだろう?なんでそう言い切れるんだい」
「自分でも分からない…だが…」
はあ、とふたり同時にため息を吐きます。

「しかし……あたしには不思議で仕方ないんだけど。あんたみたいな立派な男が、マヤみたいな娘にさ」
呆れて麗は言いました。好いた惚れたは麗の廻りでもよくありますが、よりによってあのマヤがね、という思いも拭いきれないのです。

「……初めてマヤを見た時、白い鳥だと思った。大きな羽が見えた」
「眼を奪われた…だけではない。その時は既に、心まで奪われていた」
うっとりと話す真澄を見て、気障だなと麗は思いましたが、それは胸の内に秘めることに致しました。

「マヤを必ず、仕合せにする」
真澄の力の籠った「仕合わせ」という言葉に、麗の鼻の奥がつん、と痛みました。彼はマヤを必ず仕合わせにしてくれると、確信したのでございます。
「……ああ。頼むよ。マヤの仕合わせは、あたしたちの仕合わせでもあるからさ」
麗は、片方の瞼をぱち、と閉じて言いました。
「ありがとう……」
頭を下げた真澄は、しばらくそのままでおりました。麗のマヤを思う気持ちに、胸が締め付けられていたのでございます。


二杯目の甘酒を受け取ると、真澄は言いました。
「村長夫婦があの男の言いなりになっているのは、マヤの羽を皆が知ってもいいのかと脅されたのだろう」
「なるほど……確かにあたしも初めて聞いた時、息が止まるかと思った」
朝のお宮で、マヤに見せてもらった背中の羽を思い出しました。

「でも、この村の人間は、羽なんて気にやしないよ」
「……だろうな。だが、それがこの村の外に知れ渡ってしまえば……」
真澄の言葉に麗の背筋がひやりとしました。マヤの羽が見世物となってしまう。そうしたらマヤはどうなってしまうのか。
あの男の言う通り、母が棲んでいた村に戻るのが道理なのか、いやそれは絶対に違う。この男と仕合わせになるのがマヤの道理だ。

ごお、という風の音が聴こえて、麗は窓の方を見ました。
この村にこんなに雪が降ることは滅多にない。そうだ、何かがある時は、マヤの唄が知らせてくれた。

「……すごい雪だな。マヤが昨日、雪が降るかもしれない。しかし太陽はすぐに参る、と言っていたが」
「……分厚い雲があんなに拡がっているよ。お天道様なんて何処にも見えやしない」
普通であればお天道様が真上に昇っている時間です。しかし、濃い灰色の雲が空中を覆っておりました。風も出てきたので雪が横殴りに降っています。
麗は、もしかしたら神様がお怒りなのかもしれない、と思ったのでございます。
「……お宮にお参りに行った方がいいのかもしれない」
立ち上がると、格子窓を少しだけ開けました。外の様子を見たいと思ったのです。

「あれは?」

田畑も道も真っ白に染まっております。雪が斜めに降りしきる中、黒い点がぽつりと見えました。

「どうした?」
真澄が麗の背後に立ちます。

「……人ではないな……鳥、カラス…か?」
眼を凝らすと、黒い鳥が、雪の往来に佇んでおります。

黒い鳥は、じっとこちらを見つめていたのでございます。



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