『灰かぶりマヤと七人のこびとたち』 ::: 3 :::
by ぷりん




魔法が解けた後、マヤはいつも通りの身なりになって、レイにタカミヤ王国まで送り届けてもらいました。
夜もすっかり更け、皆が寝静まった城は静かでしたが、そのうちに遠くの方で興奮した姉たちの声が聞こえてきました。
「まったく、馬鹿馬鹿しいったらないわっ!」
「骨折り損のくたびれもうけっていうのはこのことね!」
「私は絶対に許さないわ!」
姉たちの会話を耳にして、マヤは震え上がりました。
あれだけ王子とフロアの中央で踊り続けていたので、いつもと違う格好をしていても、姉たちはマヤのことをマヤだと分かったかもしれない……そうすれば、いつも以上に執拗ないじめに合うかもしれない……
マヤはそう思ったのでした。

翌朝、マヤは朝一番に叩き起こされました。
「王女様たちがお呼びです、こちらへ。」
昨夜の嫌な予感が命中したのだと思いながら、マヤが召使いの男の後をおずおずとついていくと、果たしてそこには鬼のような形相の三人の姉たちが仁王立ちになって立っていました。
「アンタみたいなのが舞踏会に行ったって、どういうことなの?!」
「まだ王女のつもりでいるのッ?!」
「それどころか、マスミ王子をたぶらかして!」
マヤは一番上の姉シオリに、思いっきり平手打ちを喰らいました。
その反動でマヤは床に尻もちをつき、起き抜けの硬い身体を動かせないでいると、今度は二番目の姉スギコがマヤの髪を掴んで顔を上に向けさせました。
「アンタなんかいなければ、あたしたちが気に入られてたのよ!
使用人の立場でもこの城においといたのがまずかったのね!」
そして、三番目の姉ノリエが、マヤを連れてきた男に向き直って言い放ったのです。
「この子を森に連れておゆき!
そして誰にも見られないように殺しておしまい!
殺した証拠に、この子の心臓を持って帰ってくるのよ!」
「お姉様っ!」
マヤは必死になって助けを求めましたが、やはり立場的に姉たちに逆らうことのできない男は、マヤを引きずっていきました。
そして、中身が空っぽな酒樽にマヤを押し込めると、それを荷車に乗せ、森を目指していきました。
酒臭い狭い樽の中で、マヤはガタガタ震えていました。
前の晩、あんなに幸せの絶頂を味わったのが嘘のようでした。
いえ、幸せの絶頂を味わってしまったからこそ姉たちの怒りを買い、処刑されることになってしまったのだと、マヤは思いました。
ガタガタと荷台で揺られること30分ほどで、車は森に着いたようでした。
男はマヤごと酒樽を荷台からおろし、蓋を開けました。
差し込む陽の光が眩しくてマヤが目を開けられないでいると、男は意外なことを言いました。
「マヤさん、逃げて下せえ。
あっしにはとてもマヤさんを殺すことなんかできやしません。
王女様たちにはイノシシの心臓でも持ち帰って、マヤさんは死んだと報告しますんで、もう二度と城に戻らないで、どこかへ逃げていって下せえ。」
マヤは男の言葉を聞くと、何度もありがとう、と礼を言い、樽から出てその場を去って行きました。
森の中をてくてくと歩いているうちに、辺りには色鮮やかなキノコが姿を現し始めました。
そう、いつの間にかマヤは前日に訪れていた不思議の森に来ていたのでした。
マヤがおぼろげな記憶を辿って歩いて行くと、しばらくしてこびとたちの家に辿り着きました。
マヤがコンコン、とノックをすると、ドアを開けたレイに、驚きの表情が広がりました。
「こりゃ驚いた!ここを二日連続で尋ねてきた人間なんて、初めてだよ!」
「ごめんなさい、訪ねるあてが他になくて……」
こびとたちは、ただならぬ様子のマヤを取り囲み、事情を尋ねました。

マヤの話が終わると、こびとたちは一斉に怒りの声をあげました。
「なんてこったい!マヤ様を城から追い出した挙げ句に殺してしまえとは!」
「本物の王女様にこんな酷い仕打ちをするなんて!」
「そんな人たちが、王子様の心をつかめるわけがないじゃないか!」
みんなの興奮が少しおさまったところで、レイがマヤを安心させるように言いました。
「でも、ここなら安心だよ!人間はほとんどこの森には入ってこないからね。
ときどきは留守番をしてもらわなくちゃいけなくなるけど、絶対にドアを開けなければ大丈夫だから。」
「うん。ありがとう、みんな。」
こうしてマヤは森の中で、こびとたちと暮らすことになったのでした。

                 ***

ハヤミ王国のマスミ王子は、窓際で手にしたガラスの靴を眺め、大きな溜め息をつきました。
舞踏会の夜から二週間ほどが経っていました。
あの日以来、マスミ王子はあれほど好きだった狩りにも興じなくなり、憂いを含んだ眼差しで部屋にこもることが多くなりました。
そんな変化をいち早く感じ取ったのは、父であるエイスケ王ではなく、王子の側近であり、彼が唯一心を許せる友人でもあるヒジリでした。
「どうかされたのですか、マスミ様。舞踏会以来、心此処にあらずといった感じで、マスミ様御自身のお人がすっかり変わられてしまったようにお見受けいたしますが?」
ヒジリは窓辺に佇むマスミ王子の背中に声をかけました。
「!?」
一瞬ギクリとしたマスミ王子だったが、彼は慌てて平静を装いました。
「いや……なんでもない。」
「……マスミ様は、あの日、運命の御方と出会われたのですね?」
ヒジリは、王子が手にしているガラスの靴を眺めながら言いました。
「……ああ……しかし、どこの誰だかも分からない。マヤという名前しか。」
マスミ王子はふう、と溜め息をつきました。
「それならそうと、私に早く仰って下されば良かったのに。」
ヒジリはつかつかと王子に歩み寄り、彼が手にしているガラスの靴を指差しました。
「簡単ですよ、この靴が合う女性を探し出せば良い事です。」
「しかし……」
「この私にお任せ下さい。」
自信たっぷりにヒジリがそう言うのを見て、マスミ王子は唯一無二の友人に託すことにしました。
しかし、同時に胸に抱いている不安は払拭できず、マスミ王子はヒジリにこう言いました。
「きみにはいつも世話になってすまないが、できるだけ早く探し出してほしい。
何だか嫌な予感がする。」
「かしこまりました、マスミ様。」
ヒジリはそう言ってマスミ王子からガラスの靴を受け取ると、風のように消えてゆきました。

                ***

それから一週間ほど経った頃のことです。
タカミヤ王国では、シオリが鏡の前に座って何やらブツブツと呟いていました。
「鏡よ、鏡よ、鏡さん、世界で一番美しいのはだあれ?」
人前で口にこそ出さなかったものの、自分がタカミヤ王国では一番美しいと思っていたシオリには、物心ついた頃から魔法の鏡にこうして尋ねることがよくあったのです。
マヤと出会う前、魔法の鏡はいつもシオリが満足するような答えを言ってくれたのですが、タカミヤ王国にやってきてからというもの、鏡は常に「マヤ」と答えるため、面白くないシオリはこの鏡をずっと衣装棚の奥に仕舞っていたのでした。
しかし、マヤを城から追放して亡き者にした今、鏡はもう一度「シオリ」だと告げてくれるに違いないと期待して、シオリは久しぶりに魔法の鏡を引っ張りだしてきたのでした。
ところが何ということでしょう!
鏡はシオリが予期せぬことを言ったのです!
「世界で一番美しい女性は、マヤです。」
「何ですって!?」
シオリは血相を変え、立ち上がりました。
そして、マヤを森へ追放させたときに同行した男が、彼女を殺すことが出来ず、マヤがまだ森の中で生きていることを知ったのでした。
シオリは急いでふたりの妹を自分のもとへ呼び寄せ、どうしたものかと話し合いました。
そして、自分たちの手でやり遂げなくてはならないという結論に至り、女たちは早速行動に移すことに決めたのです。



翌日、シオリは老女に変装し、美味しそうなリンゴをたくさん盛った篭を手にして妹たちと一緒に森へ向かいました。
マヤの居場所に関しては、前日の晩に占い師によって明らかになっていました。
予め森に詳しい人間に書いてもらった地図の通りに奥へ奥へと進んでいくと、
噂通り、今まで見たことのないような植物が生い茂るところへやってきました。
「なんだか、色が鮮やかすぎて気持ち悪いわ。」
シオリはそう呟きました。
スギコとノリエも気味悪そうに辺りを見回し、三人は肩を寄せ合って歩きました。
そうこうしているうちに、彼女たちは目的の山小屋にたどり着きました。
ひとけはありませんが、この中にマヤがかくまわれている筈でした。
スギコとノリエはシオリから離れ、近くの木の陰に身を隠しました。
シオリは深呼吸すると、コンコン、とドアをノックしました。
中からは返答がありません。
シオリはもう一度ノックして、しわがれた声で言いました。
「中に誰かおるんじゃろう?どうか、わしのリンゴを買っておくれ。」
シオリが耳を澄ましていると、家の中で僅かにミシ、と床が鳴る音がしました。
やや暫くして、中から躊躇うような声が返ってきました。
「あたしはこの家の人間じゃないの。
ここの家の人からは、留守中にドアを開けてはいけないと言われているから、開けられないの。」
間違いなくマヤの声でした。
シオリは木陰の妹たちに目配せをすると、憐れみを誘うような声でドア向こうのマヤに呼びかけました。
「わしゃ、ただのリンゴ売りだよ。
今日はまだ一個も売れちゃいねえ……
一個でも売れなきゃ、今日の晩ご飯にはありつけやしねえ。
どうか、お願いしますだあ。」
ドアの向こうはシンと静まり返っていたが、やや暫くしてようやくドアが開き、マヤがおそるおそる顔を出しました。
シオリが手にしていた篭から色鮮やかなリンゴを手に取って見せると、緊張していたマヤの顔がぱあっと明るくなりました。
「まあ、美味しそう!」
「ウチの庭で手塩にかけて作ったリンゴだよ。買っておくれ。」
「そうね……じゃあ、ひとつ頂くわ。」
そう言ってマヤは代金を老女に支払い、リンゴを受け取りました。
「新鮮なうちに食べて下さいよ。」
老女に化けたシオリはマヤにそう言いました。
「ええ、みんなが戻ってくる前に頂くわ。
そうじゃないと、あたしがみんなの留守中に言いつけを守らずにドアを開けちゃったことがバレちゃうもの。」
マヤは茶目っ気たっぷりにそう言いました。
その言葉を聞いて安心したシオリは、扉が閉まるのを見届けた後、妹たちと城へ戻ったのでした。



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