おいでませ 恋はなひらく、湯のさとへ。 #002 間違いなど、何一つ起こるわけがない。



「チビちゃん。どうやらきみとおれは、同じ部屋に泊まるしかないらしい。まいったな…」

この子と一晩ここで過ごすのか…
信号を勝手に押しボタン式に設定されて、挙句の果てに青に変えただと…?
何を考えてるんだ水城くん…マヤは相変わらず全力でおれを嫌っているというのに


速水さん、さっきから黙りこくったまま…
あたしと一緒にいるのが、そんなに面白くないのかしら?
…あたしってどこまで毛嫌いされてるの?
なんだかショックだわ…

「あ、あの…速水さん、一緒のお部屋に泊まるのって、そんなに困ること…なんですか?」
「え…?」
「だ、だってあなたにとってあたしは、単なる商品のひとつに過ぎないんでしょう?」
「あ?ああ…まぁ、そうだが」
「じゃあ、同じ部屋に泊まったからって、ま、ま、間違い、とか…そういうことは絶対に起こらない…はず、です」

「…そ、そうか。そう、だな…。きみはおれより11歳も年下で、いつまでたっても豆台風で、相も変わらずチンチクリンで…」
「チ…っ!?」
「そしていまや当社の誇る、もっとも大事な看板女優だからな…。たとえ一緒の部屋に泊まったところで、このおれが間違いなど起すわけがない。そう、起こすわけが…」
「そ、そうですよ。何があっても絶対に間違いなんて起きません。あたしと速水さんはあくまでも、仕事上のお付き合いだけですから…!」
「ああ、そうだな。思えばおれたちは昔から、犬と猿以上に仲が悪かった。このおれがチビちゃんとどうこうなるなど、血迷ってもありえないことだ」

「……っ!ほ、ホントそうですよね。こっちだってイヤミ虫の意地悪ゲジゲジなんか、死んだって嫌ですから!」
「ゲジ…っ!?フンッ、おれだって小生意気なチンチクリンなど、これっぽっちも興味はないぞ」
「な…っ!?」


「…おい、この辺で両成敗としないか」
「賛成です…折角の旅行なのに、喧嘩ばかりじゃ疲れちゃうわ」
「ああ、まったくだ。めずらしく意見が合ったな」

「ね、速水さん。あたしお祭りに行ってみたいです。さっき仲居さんが言ってたお祭り!」
「……相変わらずだな、きみって子は。さしずめお目当ては出店のリンゴ飴か?」
「ブー!残念でした。わたあめです!」
「ははは、似たようなもんだろ」
「でもリンゴ飴も美味しそうだわ。それからクレープでしょう?たこ焼きでしょう?あとは…」
「おいおいそんなに食べるのか?天女様は大食いだな…」



「うわぁ…すごい人!」
「ほう、これは…なかなか大規模な祭りなんだな。こんな小さな山郷にこれほど人が集まるとは…」

「手を…。人混みにまぎれて迷子になっては困る」
「あ…は、い…」


「…そういえばずっと前にも、こうしてお祭りの中を歩きましたね」
「ああ、そんなこともあったな。懐かしい…」
「あのあと速水さんは、お見合いを…しました」
「…そうだったな」

「あ、あの、どうして婚約…解消しちゃったんですか?」
「なんだ、知ってたのか?」
「え、ええ。そりゃあ知ってますよ。それが原因で会社が大変なことになっちゃって…だから速水さん今までずーっと、お仕事大変だったんでしょう?」
「ああ。でももう大丈夫だ。今後の見通しが大分ついてきたからな。それもこれも、きみの紅天女が大成功を収めているお陰だよ」
「そんな…」

「大都芸能は天女様に救っていただいたようなものだ。冗談ではなく本当に…きみには心底、感謝している」

「………っ!」

「はっ、いえ、そんなこと…あたしはただ舞台に立っているだけですので…!」
「…謙遜しなくてもいい。いつかこうして、きちんと礼を述べたいと思っていたんだ。今日きみに伝えることが出来て、よかった」
「…速水さん…」

「ところで、ずっと気になっているんだが…建前はもういい。なぜ大都を所属事務所に選んだんだ?」
「……!そ、それは…」
「知りたいのは、きみの本心だ…。なぜ、憎いはずのおれの元へ来た?」
「な、なぜって…だから、それは…っ」

「きみの真意を聞かせてほしい…マヤ」

「は、速水さん…!」


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