おいでませ 恋はなひらく、湯のさとへ。 #003 今夜は、二人きり。これから、朝まで。


「あ、あの…手、を…離してください…」
「…嫌だ」
「え?」
「嫌だ。離したくない」

「は、速水さん…?」
「マヤ…」


「な、何かしら?すごい歓声」
「ん?あれは…神輿か?こっちに近づいてくるようだな」
「わ、本当だわ。なんだかすごい」
「近くに行ってみようか」
「え、ええ」

よ、よかった…
速水さん、いつもと違うんだもの…ちょっとドキっとしちゃったわ

「あれだな…見えるか?」
「あ、はっ、はい。見えます大丈夫です…」


「「!?!?」」



「「!!!!!」」

「……ま、負けた…――」


「どうでした?お祭りは。お神輿すごかったでしょう」

「あ、ああ…まぁその、確かに…」
「ほほほ…こんなひなびた山村に、毎年多くの観光客が押しよせるんですよ。皆さん、色々とあやかりたいようで」
「あ、あはは…」
「それではどうぞ、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
「ありがとう」

「…………」
「…………」

「は、速水さん、食べましょう!ご飯…!あたしお腹すいちゃったわ」
「ああ…そうだな」
「じ、じゃあ、いただきまーす…!うわー美味しそう…!こっ、この小鉢は何かしら?」

「……!?」
「……!?」

「あ…っ、あは、あはは。お、美味しそう……です、ね…」
「あ、ああ…山の幸か。こっちの椀はなんだろうな…」

「……!!」
「……!!」

「う…海の、幸…?」
「…違うだろ…」
「あ、あは…。凝ってますね…すご、い…」


「…………」

はぁ…なんだかすごい所に来ちゃったみたい。
しかも今晩は速水さんと二人きりだなんて。
二人きり…速水さんと。これから、朝まで…。
それって…ま、まさか、ね…

そうよ…わかってるじゃない。
うんと年下でチンチクリンなあたしなんて、速水さんが真剣に相手するわけないじゃない。
あの人は女優であるあたしを応援してくれてるだけ…。
たとえ結婚を取りやめたからって、紫のバラにそれ以上の意味なんてないの。
わかってるじゃないマヤ、そんなことは。
バカねあたし…いつまでも何を期待しているの?あきらめが悪いんだから…

バ、バカね、あたし。
いつもより念入りに洗っちゃって、き、期待しすぎよ…!あきらめが悪いったら…!


「…………」

まさかこんな奇祭にご招待だったとはな。
まんまと水城くんにはめられたものだ…このおれとしたことが。
…今夜はあの子と、二人きり。
これから朝まで、社務所アゲイン…

…お、おれは、一晩たえられるのか…?マズイ…。
ここは冷静に、落ち着いて考えるんだ真澄。
あの子は何と言っていた?ああ、そうだ…意地悪ゲジゲジとは死んでも嫌…と言っていたな。
ゲジゲジ、か。毎度こたえるな…。
いや、もうこの際だ…嫌がろうがゲジゲジだろうが、無理やりあの子を力ずくで…!!
って、ああ!ダメだダメだ!何を考えている真澄っ!乱暴はいかん乱暴はっ!!

この紐をこう回して縛っ…
って、ああ!ダメだダメだ!さっきからずーっと何を考えているんだおれはっ!乱暴はいかん乱暴はーっ!!


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