好きと嘘と、キスの値段。#十泊目


「こんばんは」

「こ…こんばんは…っ!」

「いたのか。逃げ出さなかったようだな?いい子だ」
「に、逃げるって…!逃げませんよ…!だって、他に行くところないし…、さ、最後までご厄介になるつもりですから…!」
「ほぅ。昨日とは打って変わって最後までいることにしたのか。では、最後まできっちりと賃料を払う覚悟は出来ている、ということか?」
「も、もちろんです…!」

「プッ。きみの意気込みはわかったから、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?トマトみたいに真っ赤だぞ。まるでプチトマトだな」
「ぷ、ぷちト…っ、〜〜〜速水さん!?ひ、ひどいっ、なんて失礼なの!もうっ!」

「…隣に座りなさい」
「はい…」


「賃料はもういらない」
「え?」
「昨日で賃料はすべて支払って貰った。もういい。もう十分だ」
「あの…」
「きみを…大切に思っている。だから昨日のようなことはもうしない。キスも、もう十分だ」
「………」

「いずれは正々堂々ときみを迎えに行く。それまでどうか信じて待っていて欲しい」



「きみには辛い思いをさせてばかりだな、おれは。すまない…」
「ううん、違う。違うの」
「……?」
「あたし嬉しくて…速水さんがそういう風に思ってくれるの、すごく嬉しくて…!」
「マヤ…」

速水さん
紫のバラのひと

あたしの大切な、大切なひと


「明日からはもうここへはこないが…元気で。稽古、頑張るんだぞ」
「はい…」
「きみの晴れ舞台、楽しみにしているよ」
「はい、速水さん…」









「じゃあ、また」

速水さん、…速水さん…!

「…いやだ、行かないで!行っちゃやだっ!」
「……っ!?」

「お願い、明日も逢いに来て下さい…!ここにお世話になってる間だけでいいの…あたし速水さんに逢いたい、毎日逢いたい…!」
「マヤ」
「あたしお芝居のこと以外覚えが悪いから…逢えなくなっても速水さんのこと、ちゃんと思い出せるように憶えたいんです」
「マヤ…!」


「あと数日だけ。ここにいる間だけでいいから…こうして触れて、声を聞かせて。あなたのこともっと教えて…!」


「この馬鹿娘っ…!何を言ってるか分かっているのか?おれがどんな思いで決心したと思ってるんだ」
「馬鹿でもかまわないわ…!あたし速水さんのこともっと知りたい」
「また一晩中、きみを離さないぞ…!」
「あたしだってあなたを離しません。お願い、もっとキスして。抱きしめて。あたしに触れていて…!」


「ああ、何度でも、何度でもその唇を奪うよ。骨が砕けそうなほどきみを抱きしめる。空が白んでもきみを揺さぶり続ける。おれがどんな男なのか、何もかもおまえに教えてやる…!」
「あぁ…速水さん…!」

「もう、止まらないぞ。覚悟しろ…――!」


覚悟してる
覚悟してるから

誰も知らないあなたを教えて――


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